2018年2月4日

「日本二十六聖人殉教者祭」
講話・ミサ説教

ミサ主司式
フランシスコ会日本聖殉教者管区 パウロ三木 村上芳隆 師
共同司式
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男師

● 講話 「殉教者とわたしたちのミッション」」
          講師  フランシスコ会日本聖殉教者管区 パウロ三木 村上芳隆 師

進行:
定刻になりましたので、そろそろ始めさせていただきます。
皆様、日本二十六聖人殉教者祭にお越しいただきありがとうございます。これから『殉教者とわたしたちのミッション』という題で、フランシスコ会・日本聖殉教者管区・管区長・村上芳隆神父様に講話をして頂きます。よろしくお願いいたします。

渡邉師:
おはようございます。
今日は、フランシスコ会の村上神父様に来ていただきました。私と村上神父様は、日本カトリック部落人権差別委員会でご一緒した関係がありましたので、今日、お呼びいたしました。早速、お話を聞きたいと思いますのでよろしくお願いいたします。

村上師:
皆さん、おはようございます。
ただいま紹介にあずかりました、フランシスコ会の村上芳隆神父と言います。 レジメを一応作っておきましたので、時々、そのページをご覧ください。裏表です。

私は、後にフランシスコ会に入ったんですが、生まれた時は、福岡の西のほうの町に住んでいて、ちょうど生まれた家の近くに教会が建ったそうです。それで、私の家族がその頃洗礼を受けて、私は幼児洗礼になりました。それで「パウロ三木」の名前をいただいたんですね。幼児洗礼ですから、私が選んだわけではないんですね。どうしてパウロ三木だったかというと、教会がパウロ三木を保護の聖人とする教会だったんです。それで簡単に。その名前を頂きました。
その後、幼稚園ぐらいの頃に引越しをしまして。福岡に、ひとつフランシスコ会の教会があります。そちらの方に引越しをしました。それからずっと、フランシスコ会の神父さまたちに可愛がられて育って、結局は、フランシスコ会に入りました。洗礼名がイエズス会士なので、肩身の狭い思いを時々しております。
そして、神学校に入って司祭叙階したのが1982年、もう37年近くになります。あっという間に歳を取ってしまったかなと。まだ若いんですけれども。入った時に一番若かったので。いつも一番年下で、上級生になっても下級生の神学生が皆、年上だったという時期を過ごしていまして、意識的にいつも自分が一番若いとか思っていたら、今はずっと若い人たちがいっぱいいます。そういう感じですね。
神学校を卒業してから、北海道・札幌に、最初に赴任しました。小教区の仕事を6年間、北海道でいたしました。その後、東京の神学校に呼び戻されまして、神学生たちの世話というか、養成の仕事に関わるようになりました。教えたわけではないのですが、生活を一緒にしながら、モデラトールですか教区で言うと、まぁそういう役割をするようになりました。チームでやりますので、一緒に。その頃はまだ神学生がそれなりにいました。全部で10数名いたと思います。一緒に生活して、食事も作って、買い物にも行ってと、そういう生活をしておりました。掃除、洗濯、おさんどん。何をしていますかと言ったら、神学生と一緒に掃除・洗濯・おさんどんを。それから、もちろんお祈りをやっていました。養成の仕事に入ってから、だいたい10年ぐらい養成の仕事をしていました。
神学生の担当から、今度は修練期と言って、フランシスコ会の誓願をたてる前の段階の養成にも、ずっと携わっていました。それが10年ぐらいして、今度は、いま六本木にある管区本部の仕事をするように言われました。これがちょっと、なかなか。泣きの涙でしたね。養成の仕事は、まだ人と直接関わって生活するという働きですけれども、本部の仕事というのは、どちらかと言うと事務屋なんですね。もちろん日曜日にミサの手伝いや、黙想会などはしていましたが、一週間、ほとんどコンピューターの前に座って、あるいは会議の準備をして。それから、宣教師のビザの手配など、そういうことをずっとやっていました。
それが、東日本大震災の頃までずっとそうでした。その後、解放されてまた修練院に、養成に戻ったんですけれども、3年後に、また本部に呼び戻されて管区長になりました。あと2年我慢して解放される予定なんです。まぁ、そういう生い立ちと経歴です。幼児洗礼ですから、どちらかというと信仰理解も、習慣も、ラテン語のミサの侍者をしていた、子供の頃ですね、その影響はずっと残っているかなと思います。もちろん神学校で勉強しましたから、新しい事を色々と習いましたけれども、根っこがかなり伝統的なんです。それでも教会で働いているうちに、様々な社会的なことも含めて、私たちが信仰を生きる、証しをするということがどういうことかということを、ずっと深めていくという作業というか、生き方を深めていこうと思っていました。

それで、今日の二十六聖殉教者祭。この教会で少し話をしてください。それからミサ司式もと言われて来ました。
先ほど何人かの方に聞かれたんですが、実は、ここに来たのは初めてではないんです。ちょうど30年ぐらい前ですね。養成の仕事を始めた頃、来たことがあります。下山神父様の時代だったでしょうか。2月の、この二十六聖人祭に来たんです。どうして来たかと。確か、チースリク神父様かどなたかの話があったんです。そのテーマが、なんとパウロ三木だったんですね。それを見て、これは行かなくちゃいけないと思って、話しに預り、そして、ミサにあずかりました。ただ、何を聞いたか全く覚えていないんですね。残念ながら。実は、一つの謎がありまして。そのためのヒントを得られるかなと思って来たんですね、その時に。その謎とは何かというと。疑問ですね、大したことではないんです。「パウロ三木の本名は何だろう」と。皆さんご存じですか。どなたか、もしご存じでしたら後で教えてください。どこを調べても出てこないんですね。お父さんの名前はちゃんとフルネームで出てくるんですが、パウロ三木は、全部パウロあるいはパウロ三木という表現だったんですね。結局、その謎は解けないままで、今日に至っております。
そして、実は、キリシタン時代の殉教者とか二十六聖人について、私はあまり知りません。自分がパウロ三木なんですけれども、そんなに知ってるわけではないんです。皆さんとほぼ同じぐらいなんですよ。それで、今回この話のためにちょっと勉強しようとして、いくつか本を読みました。それで新しい発見があったんです。大したことではないんですけれども、驚いたと言うか、びっくりしたことがひとつあります。
二十六聖人の殉教者たちが殉教した2月5日。その日、処刑された後、何ヶ月も、そのまま晒されていたということを初めて知ったんですね、最近。ちょっとビックリしました。想像すると、何となくワーッという感じがするんですけど。それくらい残酷だったんだなあと、改めて感じました。殉教者たち。特に日本二十六聖殉教者たちは、最初の殉教者。その後たくさん続いていきますよね。その発端になった殉教者たち、信仰の証し人と言われている人たちですね。

【2.殉教者(Martyrs):命を賭して信仰(福音、キリスト)をあかしする人:
• キリストの十字架の秘儀に預かることであかしする人(殉教者)。
• 福音(よい知らせ)を徹底的に生きることであかしする人(証聖者)。
• 迫害(殉教)の背景:26聖殉教者と福者ユスト高山右近 】

マルチリス。殉教者といわれる言葉、ラテン語、ヨーロッパの言葉です。日本語だと、教えに殉ずるという漢字を使っていますけど、元々の意味は、教えに殉ずるというよりも、教えそのもの、信仰そのものの証人だというふうに言われています。殉ずるというよりも証人として生きる、生き抜くということが、ポイントなんだろうなと思います。命を賭して。命をかけて、キリスト、あるいは福音、良い知らせを、信仰を証しする人たち、証しをした人たちと言われているわけです。
迫害が起こって、殉教が起こって、たくさんの人たちが非常に苦しい状況に追い込まれていく中で、自分たちが受けた恵みを、いかに保って生き抜いていくかということに徹底した人たちがたくさんいたということ。もちろん、ご存知のように倒れた人もたくさんいました。このことは、後で、ミサの時にまたちょっと触れます。
それで、昨日は福者ユスト高山右近の記念日でしたね。去年、列福式にも行きました。その時に頂いた祭服をもらって帰ってきて、昨日はその祭服でミサを捧げました。この高山右近は殉教者になっていますが、実際には、磔にされてブスッとやられたわけではなかったんですよね。でも殉教者。国外に追放され、そして、マニラに行ってすぐ後に亡くなったということで殉教者として敬われています。命をかけて。このことについては、深く入らないんですが、実際に、二十六聖人は、磔にされてブスってやられた。そして、晒し者に、何ヶ月もされていたということです。典型的な殉教のあり方ですね。けれども高山右近は、どうも違うみたいですね。昨日、食事の時に修道院で色々と話をして、高山右近はどうして他の殉教者たちのように殺されなかったんだろうと、色々なことを神父さん達が言っていました。それは、当時の社会というか、政治の世界と関係があって影響が大きすぎたのかとかナントカカントカ。それは分かりませんが。殉教者がいるということと、それが生み出されていく背景、時代のあり方というのが実は深く結びついていて、単純ではない。単に、信仰の証人、キリストの証し人である、というだけではない部分がたくさんあるということも事実だと思っています。私はそのことについて専門家ではありませんので、今日触れることはないんですが、そういう複雑な歴史の中での出来事、大きなコンテキスト(文脈・状況)が、実はあるということを、一応、心に留めておく必要があるのかなと思います。

それで、今日のテーマとの関係になりますが。21世紀を生きている、日本で生きている私たちにとっての、証し、ここで「ミッション」という言葉を使っています、私たちにとって、いわゆる殉教者たちの時代と違うコンテキスト、現代の世界に生きている私たちにとっての「証し」とは何だろうかということに触れていきたいんです。ですから、あまり殉教者について、そのものの歴史的なことや、色々なことについてのお話しはしません。よく知らないので。ただ、いま私たちが証しをするということがどんなことなのかということについて、まぁ少し、ここ最近、何年か考えていることを、分かち合ったことを皆さんにも少しお話しをいたします。
その取り掛かりなんですけども。今日のテーマとして、あえて、ミッションという言葉を使いました。ミッションという映画もありましたね。中南米の宣教の様子のところですね。このミッションという言葉が、実はとても大事なんだなというのを、この何年かの間に身にしみて感じたので、少しこの言葉にこだわってみたんです。
ミッションがどういう言葉の意味で訳されているかというのは、レジメの裏のページの真ん中あたりに出ています。

【ミッション(Mission)
・キリスト教のコンテキスト:宣教、布教、派遣、派遣地、使命、使徒職、任命、仕事、事業・・・。
・一般社会、ビジネス、企業のコンテキスト:大切にしていること、譲れないこと、社会的存在意義、存在理由、天職、使命、アイデンティティー、Who I am (we are)・・・。 】

キリスト教のコンテキストではどう使われているか。宣教あるいは布教。伝統的には布教という言葉を使っていました。あるいは派遣、遣わされる、あるいは派遣地。あなたのミッションはどこですかという言葉を表現として使います。「私は北海道です」「札幌です」「今、東京です」「○○教会です」という言葉の使い方を私たちはするんですね。それから、使命ですね。あなたの使命は何ですか。それから、シスター方もそうですが、使徒職。修道者として宣教のために働いている具体的な仕事もミッションという言い方をするんですね。と同時に、そういう任命をもらったというときもミッションという言葉を使っているようです。それで、具体的にみると、仕事とか役割とか事業とか。事業も、学校とか幼稚園とか社会福祉の施設とか。そういうところもミッションという言い方を、教会の中ではよくしていますよね。
それで、それは教会の中でよく使われる言葉なんですね。ミッションという学校もありますね。ミッションスクールという言い方を、最近するようになったのかは知りませんけども、よく使っていました。一般の社会の中で、ミッションという言葉が、実は、よく使われているということを最近知りました。聞いてはいたんですけれども、あまり関心がなかったんですね。でも、あーそうか、社会でも使うんだなぁと。それで、ちょっと調べてみたんですね。
レジメの3番目のところですね。

【3.21世紀の日本で、私たちにとっての「あかし」とは ・ミッションという言葉をヒントに:コーヒーを一杯! (例)スターバックスコーヒー 】

私たちの証しということを考えるに当たって、このミッションが、世間でどんなふうに使われているのかちょっと調べてみたら、意外と面白いことに気づきました。その例として、「コーヒーを一杯!」と言ってもここで出てこないんですけれども(先ほど頂きました)、例としてスターバックスコーヒーをあげています。ご存知ですか、スターバックスコーヒー。コーヒー屋さん。いわゆる喫茶店とは違うタイプのコーヒー屋さんが、90年代頃からたくさん日本にもあります。普通の喫茶店を探す方が難しいぐらいですね。駅の周辺とか町に行くと、スターバックスだけではなくて似たようなお店がいっぱいあるんです。それで、このスターバックスの話なんですけれども。非常にわかりやすいのでというか、スターバックスの前社長だった人の話を聞きにいったことがあるんですね。その人の書いた本のタイトルがミッションだったんです。それでびっくりして。読んで見たら面白いんですね。この会社がどんなふうになっているのか、どんな経営をしているのか、どんな商売の仕方をしているのかというのを読んで、とても面白かったんです。それで、色々と調べてみたら、知らないことが色々出てきました。アルバイトニュースという、そういうアルバイト関係の雑誌ですか、そのアルバイトニュースという会社が、若い男女のバイトをしている人たちのアンケートをとったそうです。毎年、取っているそうですが、そのスターバックスが、2015年、2016年と、一番人気があったそうです。女性にも男性にも。
1位 スターバックスコーヒー、 2位 セブンイレブン、3位 東京ディズニーランドとか色々あるそうです。サーティワンアイスクリームとかローソンとか色々出てくるんですね。少なくとも去年は、2017年度は分かりませんけども、15年度と16年度は、スターバックスが一番だったそうです。このスターバックスの人気が今はどうかわからないんですが。私もそんなにしょっちゅうは行きません。時々、入ったことがあるけれども、裏方のことはよく知らないんですね。それで、前社長が書いたミッションという本、あるいは様々な資料を調べて見て、面白いことがわかりました。スターバックスの一つの特徴としては、コーヒー一杯で何時間粘っても追い出されないそうです。原則的にね。普通は、お客さんを回して、コーヒーとか、ケーキとか、サンドイッチとか、そういうものを食べてもらえれば利益も上がりますから。でもコーヒー一杯で長い時間いても追い出されない。どうして? ここにミッションが出てくるんですね。こういう表現をしています。「なぜならば、スターバックスのミッションは、コーヒーを売ることではありません」コーヒー屋さんですよ。でも、このコーヒー屋さんの使命は何か。ミッションは何かというと、コーヒーを売ることではないという言い方をしていますね。では、そのミッションとは何ですか。こういう表現をしています。「人々の心を豊かで活力あるものにするために」一人ひとりのお客様のため、一杯のコーヒー、そして、ひとつのコミュニティ、それが彼らのミッション。コーヒーは手段に過ぎないというような印象ですよね。つまり、別にスタバの宣伝しているわけじゃないんですが、私たちの使命はこのためにあるという社会的な存在意義のような、私たちが何を大事にしているのかということの表明、それを社会で実現するために商売をしていますということなんです。実態はどうなのかは分かりませんが、意気込みは良く分かります。
ミッションをこういう表現、言葉として使っているんですね。それで、スターバックスの会社そのものが持っている目標が何かというと、これも面白いんですね。「人々の心に活力と栄養を与えるブランドとして、世界で最も知られ尊敬される企業になること。」コーヒーを売って、お菓子を売って、サンドイッチを売って、たくさんの人に食べてもらって利益を上げることではない。それは目標でもなければミッションでもない。そういう言い方をしています。とても面白いと思ったんですね。もちろん、言っていることとやっていることが一致しているかどうかは分かりませんけども、そういうことが言われています。それにしても、アルバイトで働く人たちの人気が高いということもそこから伺えるようです。なぜ人気が高いかというと。色々と説明を見てみると面白いですね。アルバイトの人達を教育していく、養成していくプログラムが何十時間もあるそうです。そして、アルバイトも正社員も含めて、働く人たちのことを確かスタッフと言っているのか、パートナーでしたか、そういう言葉で呼んでいるそうです。このミッションを果たすために、そこにいて働く人たちをそう呼んでいるようですね。そして、接客マニュアルというものが無いそうです。コーヒーをどう入れるかというマニュアルはあるそうですが、お客さんに会ったら、おはようございます、こんにちは、いらっしゃいませとか、それは、自分で言葉を考えて良いそうなんですね。ふさわしい言葉を選ぶと。色々とこれに関して面白い説明とか、実例とかがいっぱい出ていました。凄いなぁという印象を受けています。ですから、きちんと養成されていくこと、そして、自分たちの会社が持っている価値観を共有していくこと。働けば働くほど、自分も良いパートナーとして働きがいがあることなど。好循環が回ると上手くいくようです。
ひとつの例として挙げたんですけれども、もう一つ例を挙げたいんですね。 皆さん、パタゴニアという会社をご存知ですか? 私は知らなかったんですが。パタゴニアという非常に面白い、変わった会社がある。お店をやっています。何を売っているかというと、アウトドアの衣料とか道具とか、そういったものですね。元々、サーフィンとか山登りとかそういったことをやっていた人たちが作った会社だそうです。この会社は、勿論ビジネスとしてやっているんですが、とてもユニークなことを言っています。よくそれで成り立つなという印象があるんですね。日本では日本のパタゴニアという会社、独立した会社としてあるようです。パタゴニアという会社のミッション、ステートメントとは何か。こういうことだそうです。

「最高の製品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する。」

言うだけならできると思うんですが、一つのエピソードがありました。チョット驚きました。
自分たちの会社が何をしているかという宣伝も含めてなんですけど、どういうことを売りにするかという時に、自分たちで作り出している製品、アウトドアスポーツのためのものを作るにあたって、どれくらい環境に悪影響与えているかを、全部、見える化、数値化して公表することをまずやるそうです。
それで、これくらい具体的に私たちは悪影響を与えているから、それをどうやって取り除いていくかというプロセスを、実際に実行していくそうです。それを発表する時に、最初にそれを決めるまで長い時間をかけて話し合いをして、ディトゥリートもやったという事が出ていましたね。実際にパタゴニアに行って、山にこもって、皆で話し合って自分たちのミッションは何なのかということを、そして具体的にどういう実行ができるのかということをやったんです。 世間で、最近こういうビジネス、商売をやる人達がいることが注目されています。全くその分野には疎いので、どれくらい大きな影響を与えているのかについても良く分かりません。けれども確かに注目されている新しいビジネスのあり方のようですね。こういう意味で、世間のビジネスや会社の中、商売の中で使われている言葉なんですね。それで、このミッションという言葉がどういう位置づけになるかということで、レジメの5番目のところで、ミッション、バリュー、ビジョンという言葉をヒントにしてチョット考えてみたんです。

【5.「ミッション、バリュー、ビジョン」をヒントにして:(参)OFM日本管区宣教基礎論2015
   ・ミッション:OFM会憲第87条
   ・バリュー:(広域の宣教司牧を担当する地区の)共同宣教司牧体制の確立
   ・ビジョン:ラウダート・シ(教皇フランシスコ)】
それらをピラミッド形の図表にしたものをネットで探して無断で使っています。
ミッションを一番上に置いています。様々な説明がでてくるんですが、ミッションを「存在意義」「使命」に訳しています。私達は何のために存在しているのか。どのビジネスで、或はこのビジネスで、この商売で、どう社会に役立つようにするのかという発想が大本にある。
そして、二番目がビジョンです。これは後でやります。一番下のところにバリューがあります。「価値観」「行動原理」と説明しています。ミッションあるいはビジョンの実現に向けて、何を大切にして行動するのかということについて、キチンと自覚的に表明するということですね。自分達の持っている強み、特徴、大切にしたい行動ですね。ビジョンは「展望」と訳されますが、ミッションの実現に向けて、それが実現するとどういう状況に、状態になるのか。絵ですよね、大きな絵。このミッションを実現して、その為に行動を、自分たちの特徴を生かしていくと、その結果どういう社会、どういう形になっていくのかということを絵に描くのです。ビジョンですね。目に見えるような映像にする。そういうふうな捉え方をしているようです。
社会的な存在意義、存在理由、天職、アイデンティティー、あるいは譲れないこと。ミッションという言葉が持っている、そして、この3つの言葉が組み合わされて、1つの会社の姿が、これはビジネスの世界で得た情報なので、その姿が浮かび上がってくる。そこで働くとか、あるいは社会的責任を果たすとかいうことが、どういうことなのか見えてくるという事のようですね。

それで、私はフランシスコ会なので、フランシスコ会がどうしているかということをチョットお話しします。これもどちらかというと理念的なことなので、具体的にどこまで成果が上がっているかは何とも分かりません。色々、評価されていますが、完全ではもちろんありません。
フランシスコ会の話に入る前に、先程、ビジネスの世界でどう使われているかということを話しました。とすると、いわゆるキリスト教の教会、しかもカトリック教会といわれている私たちにとって、このミッションとか、ビジョンとか、バリューといわれているものをどう表現したら良いのかなと考えてみたんですね。正解かどうかはわかりませんよ。私の勝手な思い込みなのですが、キリスト教の場合は、もちろん大本になっているのは聖書ですね。カトリック教会は聖書と聖伝と言います。生きた信仰の総体として聖書と聖伝という言い方をしていますね。最近の、ここ何年かの教会の動き、教皇様を含めての動きを見てみると、教皇様の文章がひとつのヒントになりますね。「福音の喜び」という回勅がありますね。それから70年代に出た「福音宣教」の文章が出ていますが、「福音の喜び」とパウロ6世が出した「福音宣教」とは繋がっていますよね。この四、五十年の間にどういうふうに発展していったのか、展開していったのかがよく見えるようなもの。それから、一番最近のものは、ものすごく大きな影響力を与えた、反響を呼んだのは「ラウダート・シ」ですね。わかりますよね。教皇フランシスコはイエズス会の出身なんですよね。
「ラウダート・シ」というのは、アシジのフランシスコが晩年に作った歌、詩なんですね。
『太陽の賛歌』(『あらゆる被造物の賛歌』)。ラテン語ではなくて、フランシスコの自分の言葉、ウンブリアの方言で作った壮大な詩なんですね。それにメロディーをつけて。原語そのものでも歌もたくさんあります。その出だしが「ラウダート・シ、ミ・シニョーレ」主がたたえられ、神様が讃えられますように、ということで始まっていく。全被造物に呼びかけて「神を讃えよう」という言葉で始まります。最後の部分に何が出てくるかというと、自分の死。姉妹なる死を持って神を讃えるという表現が出てきます。その一つ前に、許すことによってという言葉も入ってきます。アシジの司教様とアシジの町の市長さんが、どうも犬猿の仲だったようです。政治的な違いだけではなくて、かなり色々と文化的な背景が違ったといわれて、不仲だった。その間を取り持った時に付け加えた一節が、「許しと和解を通して神が讃えられるように」。自然だけじゃなくて人間関係も含めて、全部が神様を讃えるために呼びかける壮大な信仰の歌でした。こういう背景がある。
私たちが、現在の教会が持っている価値。何を今の人たちに教会は訴えて、何を実現しようとしているのか、透けて見えてくるものを私たちは持っています。それと同時に、一人一人がこの神様と出会っていくという事。神との出会い、そして、神様から遣わされた御ひとり子、イエスとの出会い、キリストとの出会いが根底にある。それが私たちのあり方となっている。
それを踏まえた上で、フランシスコ会の場合は、ミッションとかビジョンとかバリューとは何ですかという、ちょっと強引な結び付け方をします。
レジメの【5】のところ、ミッションは、修道会それぞれに会憲という憲法みたいなものを持っています。その中の一節、第87条を私たちのミッションとして表現して良いなと、私は個人的に思ったんですね。会員がみんなそう思っているかどうかは分かりません。このミッションについてレジメの【4】番目に戻ります。

【4.フランシスコ会の場合(アイデンティティの表明) ・フラテルニティ・イン・ミッション(派遣されて宣教する使命を生きる観想的で巡業する兄弟共同体 2001年)
・福音化する生活とミッション:「生活(存在・在り方)によるあかし、言葉によるあかし」】

アイデンティティーの表明という言葉を付け加えました。これは私の言葉ではなくて、2001年に、総会というのが修道会にはあるのですが、総会ではなく総評議会というものが、ちょうど総会と総会の真ん中あたりにあるんですね、それで2001年の総評議会の中で、最終的に出された文章に初めてこういう表現が出てきたのです。私たちは、現代、自分たちのアイデンティティーをどんなふうに表現したら良いのかということを言っていたのです。それを、横文字で申し訳けないのですが、フラテルニティ・イン・ミッション、文字通り訳すとミッションの中にあるフラテルニティという意味です。私たちはフラテルニティ・イン・ミッションです。実は皆さん、私たちの正式名称をご存知ですか?フランシスコ会日本管区と言ったのですが、私たちの正式名称はフランシスコ会では無いのです。これは通称なんですね。正式名称は「O.F.M.」略語にしてありますが、Oは「オルドー」修道会、Fは「フラートルン」小さい、Mは「ミノールン」より小さい者たち。直訳すると、「Ordo Fratrum Minorum 小さき兄弟会」というのが正式名称なんです。「O.M.F.」である私たちはフラテルニティです、というのが会憲の最初に出てきます。フランシスコが創立したフラテルニティですという表現が出てきます。その会憲に出てくる言葉、実はこれはバチカン公会議の後にかなり新しくなった会憲のことですね。その第87条は次の通りで、私たちのミッション、存在理由というのにふさわしいかなと私が選んだものです。

【OFM会憲第87条
(1)兄弟会全体は、すなわち会も、管区も、修道院も、またすべての兄弟も、自分たちのためにのみ生きるのではなく、他者のために益をもたらすものでなければならない。兄弟たちは、自分たちの間で営むその同じ兄弟的交わりを、すべての人に及ぼすことを求める。
(2)祈りと悔い改めの業に基づくこのような兄弟的交わりは、福音への第一にして、優れて明らかなあかしであり、新しい人間家族の預言者的しるしである。人々の中での兄弟たちのふるまいは、彼らを見たり聞いたりする人がみな、天の御父を称め賛えるほどになるはずである。】

兄弟会全体、兄弟会っていうのはここでフラテルニティのことなんですね。会も管区も修道院も、また全ての兄弟も自分たちのためにのみ生きるのではなく、他者のために益をもたらすものでなければならない。兄弟たちは、自分たちの間で営むその同じ兄弟的交わり、これもフラテルニティですね、これもすべての人に及ぼすことを求める。
私たちは兄弟会という言い方をします。私たちのミッションは、その兄弟、しかも、より小さい者として謙遜に、あまり謙遜じゃないですね、上から目線も時々あるのですが、より小さい者として、すべての人に、そして存在するすべての、自然を含めて、すべてに対して兄弟になっていく、広げていくというのが私たちの存在意義。もちろんそれは、福音を生き、証しをする、宣教するというためにです。自分たちの特徴は何なのか。強みは何なのか。実際に生きているかどうかはまた別の問題として残りますが、そのことを言っています。フラテルニティ・イン・ミッションという形で、自分たちのアイデンティティーを、在り方を2001年に改めて表明したんですね。そこで、ミッションという言葉が、会憲の第87条に出てくる言葉、その内容が、私たちの存在意義、あるいは、ミッション、使命、天命ともいえるようなものなのかなと思いました。 ここで2つ目。バリューという言葉があるんですけど、ちょっと皆さんにはわかりにくいかもしれません。私たちは具体的に、何を具体的にしているのか、するのかというところにフォーカスをしてみました。この7、8年から10年ぐらいにかけて、私たちが管区として力を入れてきたことなんです。私たちは、現在、全国に小教区をかなり担当しています。大体、50前後の小教区を担当しています。実は40年位前、私が入会したのは42〜3年前なんですが、その頃は、実は100以上の教会を担当していました。今は人数も少なくなって教会の数も減りました。それでも50くらいあるんですね。一番多いのは北海道なんです。札幌教区ですね。札幌教区の実に3分の2くらいを私たちが担当しています。ご存知のように雪に覆われ大変なところですが、私も6年間北海道で働いていましたから良く分ります。零下31度になった時もありました。大雪で遭難しそうになった事もありました。その地域は広大な土地で教会がポツンポツンとあるんです。それで修道院がいくつかありますが、修道院を核にして周りにいっぱい教会を、昔の宣教師たちが建てたんですよ。いっぱいいましたから、人が。たくさん教会を建てたんです。
だから、なかなか大変なんです。どうやってミサをするかとか。広域にわたる宣教司牧を担当している私たちにとって、今、非常に大きな負担になってきています。人がいないので「すいません。今日、ミサはありません」というのが定期的にあるんです。だから、広域の宣教司牧を担当している地域の、共同宣教司牧体制を作り上げるということが、もう緊急事態ですね。北海道だけではなくて、色んなところでもう始まっています。もう30年ぐらい前から実は始まっています。私たちは、昔、30年40年ぐらい前は、いっぱいいましたから、あまり考えていなかったのです。ところが、現実に人がいないのでどうしようかというのがキッカケなんですが、この共同宣教司牧をやるということは、とんでもなく大変です。何が大変かというと、一つ一つの教会に神父さんが住んでいないんですよね。だから、伝統的な宣教師たちのメンタリティーと違うやり方をしなければならない。「え!ミサないの? じゃ何で日曜日に教会へ行くの」そのこともありますね。教会は主日ということについての文章も出していますね。「ミサがなかったら行かなくてもいいんじゃないの?」ではなくて、主日とは何ですか? 一緒に集まって祈るって何ですか? この辺のところから全部、養成をしなければならないと同時に、集会祭儀を実際にやるという事。それから、それだけではなくて、教会に新しく来た人たちに信仰を分かち合って洗礼へと導いていくことも必要になってくるし、もう実際に起こっていてやっています。それからさらに、教会をこれからどうしていくか、修理をどうしようか、建て直そうかどうかも含めて。将来のことについて、自分たちがこの教会の主体だということを意識しながらどうやって共同体を、その地域、地区にあるいくつかの教会と一緒にやっていこうかということを、全くメンタリティーを変えていかなければならないプロセスなんです。これは大変なんです。変えるのが難しいんです。特に、私たちの先輩宣教師たちにとっては、苦渋の決断みたいなところがあって、なかなか進まないですね。神父様たちは、一国一城の主みたいに生活のスタイルも教え方も話し方も持っていますので。でも、それでは共同宣教司牧にはならないんですね。できないです。責任を共有していくということもあります。もちろん、最終的に主任司祭が責任を取るんですけれども、一人一人が自分たちの持っている信仰、いただいた恵みをどう分かち合っていくのかということについての自覚、と同時にそれを分かち合っていく、作り上げていくという、今までと違う在り方を作っていくためのプロセス。変えるのにものすごく時間が掛かります。何年も掛かります。でも、一度動き出すとなかなか心強い人たちなんです。それだけの力も皆さん持っていらっしゃるということを私たちは良く知っています。
そのための基本方針みたいなものを、実は作りました。そういうものをまとめて、私たちフランシスコ会はどういうふうに日本で宣教するかという事を文章にしたんですね。レジメの後ろのページの下のほうにダウンロード資料があります。もし関心がありましたら次のURLから読むことができます。ちょっと難しい本です。

1)フランシスコ会日本管区宣教基礎論2015 (宣教司牧委員会)
http://www.ofm-j.or.jp/doc/EconomyOfTrinity&FraternityInMission2015(A5)02.pdf
2)フランシスコ会の福音化するミッション2017 (村上芳隆神父)
http://www.ofm-j.or.jp/doc/Evangelizing-Mission-of-the-OFMJapan2017.pdf

(1)は、30頁ぐらいの本で冊子を作りました。「宣教基礎論2015」という仰々しい名前です。きちんと福音宣教事務局、宣教司牧委員会みんなで、色々手分けして調べて、フランシスコ会の神学の伝統も含めて、ちゃんと神学者にもチェックしてもらって理論武装したんですね。だからといってできるかどうかは、また別なんです。
その宣教基礎論を、私個人的に、自分なりに咀嚼して、いまフランシスコ会は何をしているのか、どういう壁にぶつかっているのかという事について、そして、どんな希望があるのかについて文章を作りました。それがダウンロードの所の(2)ですね。「フランシスコ会の福音化するミッション2017」というタイトルで文章を作りました。これは2015年に「福音宣教」という雑誌に寄稿したものを少し書き直しています。これも、もし関心があれば読むことができます。読んで分かるかなぁ。分かるように書いたつもりなんですが、まぁ、今日、話したようなことが、もうちょっと、A4で4頁ぐらいですから、それほど長い文章ではありません。もし関心がある方は読んでみてください。

私たちにとってのミッション、存在意義が何なのかという事について、自分たちの言葉でいま生きている信仰、いただいた恵みをどう表現していくかということをやる事は、どんなに拙いあるいは足りないものであったとしても、とても重要だということに気づかされます。

最後の私たちへの問いかけ。私たちのミッションは何ですか?
殉教者たちは、あの時代、あの文化的な背景、あの時代的な条件の中で果たしたミッション、いただいた信仰に徹底的に生きようとする人たち。命を投げ出しても。命を投げ出さなかった人たちについては、ミサの中でちょっと触れます。信仰を証しする。生き様で、あるいは死に様で表現していくということが、彼らのミッション、存在理由でした。もちろん表面的には、17世紀真ん中あたりになるとほぼ消えてしまいますね。でも、ご存知のように残ってますね。それがまた1865年、公に出てくるという出来事があります。これもまた後でミサの時にちょっと触れます。
それでは、私たちのミッションは何でしょうか? 殉教者を顕彰して祝う、あるいは祈る。こういう集まりをする意味は何ですか? それには、いま私たちの置かれている時代がどういう時代なのか、どういう文化の中にいるのかということを、まず、ちゃんと見る必要がある。日本の社会、何となく右肩下がりの感じが否めません。いやそうじゃない、これからチャンスだという見方も勿論あります。でも、何となく教会も社会も暗い感じがしてくるんですね。何となく希望が見えてこない。その中で、私たちのミッションは何ですかということを改めて意識して表現していく。どんなに拙くても。そして、実際にやって行く事。失敗しても、上手くいかなくても、新しいやり方を。これは伝統的な表現を使うと、私たちが回心の生活を生きていますかということですよね。いただいた恵みに応えていく、支えあっていく。これはそういう交わりの教会なんです。でもこの交わりが、教会、小教区という枠の中に閉じ込められていない開かれたものだということ、これがイエス様の命じられた「地の果てまで福音を述べ伝えていきなさい」と言われたことに応えていく私たちの信仰の答えでもあるはずだと思います。

それで、自分たちのミッション、私のミッション、あるいは、私たちこの教会共同体としてのミッションは何なのかということを考えていくにあたり、ひとつの、表現を変えてみたんですね。
レジメの最後【6】のところですね。

【6.わたしたちへの問いかけ:わたしたちのミッションは?
  ・わたし(たち)が最も大切にしたいこと、存在させようとしていること、は何でしょう?
・現代の地球規模の課題からのヒント:SDGs(持続可能な開発目標2030)とラウダト・シ
・誰も排除しない在り方、多様性、ユニークさ、殉教者を生み出さない社会?】

私が、あるいは私たちが最も大切にしたいこと、あるいは大切にしている事は何ですか? 皆さんが大切にしていることは何ですか? それが存在意義であり、社会的に何か、この日本という国の中で、東京というこの場所で、この教会がどんな役割、使命を持っているかということについて、壮大な文章を作る必要はないんです。私にとって何が大切なのかということをきちんと自覚すること。そして、一人ひとりが、皆さんが分かち合っていくこと、深めていくことが重要だと思います。それと同時に、この社会の中で、現実に何が起こっているかということをちゃんと見る必要があるということですね。
それで、レジメの6番の真ん中。現代の地球規模の課題があります。ここに出ている言葉、エス・ディ・ジー・ズ、聞いたことありますか? 私は全く知らなかった2、3年前まで。SDGs(エス・ディ・ジー・ズ)というのは、日本語では「持続可能な開発目標2030」と訳されています。これは国連に加盟している多くの国、これを採択した国は190以上あるそうです。世界的に、皆で約束して、この開発目標、しかも持続可能な。どこかが飛び抜けて良くなるというのではなくて、持続可能な開発目標17分野が取り上げられています。それで、それぞれの分野に具体的なターゲットがあります。かなり具体的な目標が、数値が出ています。これはインターネットで調べるとたくさん出てきます。日本の政府も参加しています。

 持続可能な開発目標(SDGs)の詳細
1.貧困 「貧困を鳴くそう」
2.飢餓 「飢餓をゼロに」
3.保健 「すべての人に健康と福祉を」
4.教育 「質の高い教育をみんなに」
5.ジェンダー 「ジェンダー平等を実現しよう」
6.水・衛生 「安全な水とトイレを世界中に」
7.エネルギー 「エネルギーをみんなに、そしてクリーンに」
8.成長・雇用 「働きがいも、経済成長も」
9.イノベーション 「産業の技術革新の基盤をつくろう」
10.不平等 「人や国の不平等をなくそう」
11.都市 「住み続けられるまちづくりを」
12.生産・消費 「つくる責任、つかう責任」
13.気候変動 「気候変動に具体的な対策を」
14.海洋資源 「海の豊かさを守ろう」
15.陸上資源 「陸の豊かさも守ろう」
16.平和 「平和と公正をすべての人に」
17.実施手段 「パートナーシップで目標を達成しよう」

外務省ホームページより
【参考】 持続可能な開発目標(SDGs)の詳細
目標1 (貧困) あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる。
目標2 (飢餓) 飢餓を終わらせ、食料安全保障及び栄養改善を実現し、持続可能な農業を促進する。
目標3 (保健) あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する。
目標4 (教育) すべての人に包摂的かつ公正な質の高い教育を確保し、生涯学習の機会を促進する。
目標5 (ジェンダー) ジェンダー平等を達成し、すべての女性及び女児の能力強化を行う。
目標6 (水・衛生) すべての人々の水と衛生の利用可能性と持続可能な管理を確保する。
目標7(エネルギー) すべての人々の、安価かつ信頼できる持続可能な近代的エネルギーへのアクセスを確保する。
目標8 (経済成長と雇用) 包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を促進する。
目標9 (インフラ、産業化、イノベーション) 強靱(レジリエント)なインフラ構築、包摂的かつ持続可能な産業化の促進及びイノベーションの推進を図る。
目標10 (不平等) 各国内及び各国間の不平等を是正する。
目標11 (持続可能な都市) 包摂的で安全かつ強靱(レジリエント)で持続可能な都市及び人間居住を実現する。
目標12 (持続可能な生産と消費) 持続可能な生産消費形態を確保する。 目標13 (気候変動) 気候変動及びその影響を軽減するための緊急対策を講じる。
目標14 (海洋資源) 持続可能な開発のために海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する。
目標15 (陸上資源) 陸域生態系の保護、回復、持続可能な利用の推進、持続可能な森林の経営、砂漠化への対処、ならびに土地の劣化の阻止・回復及び生物多様性の損失を阻止する。
目標16 (平和) 持続可能な開発のための平和で包摂的な社会を促進し、すべての人々に司法へのアクセスを提供し、あらゆるレベルにおいて効果的で説明責任のある包摂的な制度を構築する。
目標17 (実施手段) 持続可能な開発のための実施手段を強化し、グローバル・パートナーシップを活性化する。

ちなみにですね、1番目の大きな目標。「貧困をなくそう」という大きな分野ですね。「あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる」。これは2015年に採択されたものです。これから15年後、2030年までになんとか成果をあげようと具体的な数字を出して、少し改善しましたということを出そうとしてますね。
2番目は「飢餓をゼロに」。飢餓に終止符を打つ。食料の安定確保と栄養状態の改善を達成する。かなり具体的なんです。それぞれのターゲットがあって、何パーセントと数字がはっきり出ています。
3番目「すべての人に健康と福祉を」。
4番目「質の高い教育をみんなに」「すべての人に包摂的かつ公正な質の高い教育を確保」しよう。5番目「ジェンダー平等を実現しよう」。「すべての女性と女児の能力強化」を実現しよう。
6番目「安全な水とトイレを世界中に」。
7番目「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」。一部の人が使えるのではなくと、かなり具体的ですね。
8番目「働きがいも経済成長も」。両立するにはどうしたらいいか。これ1つの分野として、人間が働くということの大事さについて。
9番目「産業の技術革新の基盤をつくろう」。それぞれの国や文化、地域の中でインフラを整備していく。これも具体的な数字が出ているみたいです。 10番目「人や国の不平等をなくそう」。国の格差をなくす。国の中でも格差が増えていますね。日本はどうでしょうか。色んな西洋の国も格差がなくなっていくんじゃなくて、段々と広がっていく傾向も見られるので、なんとか食い止めようとする目標を。
11番目「住み続けられるまちづくりを」。
そして、私たちは物を作り出しそれを消費していく。12番目「つくる責任つかう責任」という分野があるそうです。
13番目。いろいろ議論されてますね「気候変動に具体的な対策を」。
14番「海の豊かさを守ろう」。海が汚染されてダメになった時に何が起こるか、皆さんよくご存知ですね。
14番目は海でしたが、15番目は「陸の豊かさを守ろう」。土地が荒廃して砂漠化していく現実が起こり得る。
16番目「平和と公正をすべての人に」。「持続可能な開発のための平和で包摂的な社会を促進」する。「すべての人々に司法へのアクセスを提供」するなど、社会的な生活も含めて平和と公正さを求めるという分野があります。
17番目。最後の分野が「パートナーシップで目標を達成しよう」。みんなで宣言したことを実現していきましょう。行動していきましょう。そのために「繋がり」ですね。パートナーシップを作っていく。グローバルなパートナーシップを活性化する。
かなり具体的に出ています。2030年にどれくらい実現できているか。それは皆さんにかかっているんです。日本も約束したんですね。私もそうですが、こういうことがあることを知らなかったんです。知ってしまうと何か焦りが出てきます。実はこのエス・ディ・ジー・ズというのは2015年から2030年の15年間です。実はその前に、すでにあったんですね。エム・ディ・ジー・ズ(MDGs)エムというのはミレニアム。西暦2000年から2015年にかけての、やはり同じように持続可能なことを15年やってみて、それなりに成果が出た部分と、まだまだの部分があるということで、もう一度2015年から30年に向けて具体的にやりましょうよということが、国連を通して国々が約束したことなんです。そういうことを全く知りませんでした。ついこの間まで。
これは世間で起こっていることなんです。そういう背景から見た時に、教皇様が出された「ラウダート・シ」というものが、私たちにとっての、理論的な、精神的な信仰に基づいた表明でもあるわけです。繋がってくるんですね。そうすると、地域の人たちも含めて一緒にやっていくことが可能じゃないかと。単なる社会運動や、環境問題に関わることではないんです。私たちが信仰表明をしたことを具体化していくための、ひとつの手段としても、あるいは人々と連携していく、連帯していく、ともに生きていく社会、国を作っていくということに欠かせないひとつの発想法だと思います。でも、私たちの根底にあるのは信仰であるし、私たちが引き継いできた、受け継いできた神様の恵み、教会の生きた信仰の伝統があるということを改めて自覚すること。そしてまた、違う角度から見てみると、私たちの持っている宝が生きてくるもの、生きたもの、大切なものが何なのか。今の自分にとってというものが見えてくる。あるいは、自分にとって具体化してくる何かが出てくるような気がします。これが私たちのミッション。信仰者として召されて、いただいた信仰の恵みを具体的に生きる。それを分かち合っていくということが、どういうものなのかということに結びつけて行く必要が、やはりあると思います。
殉教者を祝い、顕彰する。なぜそんなことをするのか。過去に向かってではなくて、そこで彼らが生きてきた、証しをしてきたことを、いま私たちがどんなふうに未来に向けて繋げていくのかということが、私たちに問われているチャレンジでもあるような気がいたします。
殉教者についての、あるいはキリシタン時代の歴史的なことについて、時代的なことについて、かなり専門家が、色んな事を私たちに教えてくれますから(例えば川村信三師)。

川村信三神父(イエズス会):カトリック新聞「カトリック時代エッセー」
③「沈黙」についての違和感 2017年12月3日号
④ 井上筑後守「転び」の陥穽 2018年1月7日号
⑤ 能動的信徒覚醒のための緒 2018年2月4日号

学ぶ必要があります。もっともっと知りたいと思います。まぁ私の、パウロ三木の名前が本名がどうであったかということは小さなことなんですけれども。ひとつのきっかけですね。どんな人だったんだろうって。もっと知りたいという思いはあります。ひとつの好奇心かも知れません。でも、そういうものを大事にして、この殉教者祭を祝っている皆さんも、一人ひとり、そしてこの教会の共同体としてのミッションが、どんなものなのかということを試行錯誤しながら見いだしていく、実現していく、生き抜いていく。そういう信仰共同体であられることを、私からもお願いしたいなと思っています。
ちょっと上から目線でしたが(笑)。

1時間ちょっと過ぎましたので、私の話はこれで結ばせていただきます。ありがとうございました

● 「日本二十六聖人殉教者 ミサ 」 
         主司式・説教 フランシスコ会日本管区長 村上芳隆 師

第一朗読 マカバイ記(マカバイ2 7・1-2、9-14)
第二朗読 使徒パウロのガラテヤの教会への手紙(ガラテヤ2・19-20

福音朗読
マタイによる福音 (マタイ16章24~27節)
『それから、弟子たちに言われた。「わたしについて来たい(と思う)者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを得る。人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。人の子は、父の栄光に輝いて天使たちと共に来るが、そのとき、それぞれの行いに応じて報いるのである。』
キリストに賛美

いま読んだ福音書は、昨日頂いたパンフレットとは違う箇所を選びました。私達フランシスコ会が使っている典礼の中での福音書の朗読箇所が、いま読んだマタイ福音書の箇所でした。
イエス様に従いたいと望む者たちに対するイエス様の問いかけと言いましょうか、「わたしに従いたい者だったら」と云うメッセージですね。このイエス様のチャレンジといいましょうかメッセージをどういう風に受け止めたら良いか、昨日から今日の話を準備しながら、ずーっと考えていたことです。
それで、その話に入る導入なんですが、皆さんもご覧になったことがありますでしょう。去年の今頃、映画がありましたね。『沈黙』。ハリウッド映画でしたね。かなり話題になりました。2016年の作品で日本では2017年の正月頃ですね、その頃から上映されていました。私も丁度2月の初め、今頃観ました。2時間以上もあって、ずーっとこれでもか、これでもかというぐらいの、かなりリアルな映像でしたね。実は、ご存知の方もいらっしゃると思うんですけども、1971年にも映画化されています。私はその頃高校生でした。篠田正浩監督、1971年に上映されました。教会でも随分と話題になりました。遠藤周作さんの作品そのものは1966年に出版されて話題になった。世界中に、色んな言葉に訳されて読まれました。仕事柄外国に行って会議に与ることがよくあるんですが、その時によく言われました。日本か、遠藤周作の国かって。何故か私に聞くんですね。沈黙は読んだか、と聞かれました。とても良いという評価、そういう人が何人も話かけて来ました。去年このハリウッドの映画として作られて上映されたこの作品に2時間近く、それ以上ですね、まぁちゃんと観ました。
ご覧になりましたか?観ることが辛いと言えなくはないですが、今回の映画はちゃんと観たんです。1971年の時は実は観られなかったのです。それは観るチャンスがなかったという意味ではないのですね。個人的に観るに堪えなかったからです。そういう意味で観ることができなかった、つまり、覚悟がなかったからですね。つまり直視してあの映像を観ることが出来なかった。今回はちゃんと観られました。2時間ずっと寝ないで観ていたんです。それが自分にとっての一つの驚きでした。47年前には観られなかった。今どうして観ることができるのか、直視出来るのかなぁと少し考えてみました。そう考えるきっかけがいくつかあります。一つはこういう作品を観たり、読んだりした時に出てくる一つの問いかけがあります。それは皆さんの中で、殉教、どうですか、今そういう状況ではないんですけども、こういう状況になったら、殉教出来ますかと問われたら、皆さん、どう答えますか。少なくとも映画はちゃんと直視して観ることが出来たんですが、この問いかけに勿論「はい」と言って胸を張っては答えられない、そういう思いが正直あります。現実に何が自分に起こるかも分かりません。そこまで自信はないですね。まぁ自信があるかないかは、殉教とは直接に関係がないのかも知れません。つまり、殉教者達の信仰の証は、彼らが受けた恵みだと。殉教の恵みを頂いたと言われていますね。殉教が恵みとして頂いたもの、恵みを頂いてそれに応えていった一つのしるしというのは確かですね。
この「恵み」と云う言葉をきっかけにして、色々とこの何年か思い巡らせたことがあります。もう一つのきっかけと云うのは、2015年の夏、長崎へ巡礼に行きました。毎年8月初め頃に、中高生のキャンプを企画するんですね。私達はそれをフランシスカン・バスと言っています。バスで色々と巡るんです。ほぼ何時も長野県周辺でやっているんですが、2015年は長崎の巡礼に行こうと計画を立てました。中高生、東京のフランシスコ会系の教会の学生だけではなくて、北海道、札幌からも、それから、群馬県の桐生の教会、あるいは長野の教会、富山の教会、大阪の教会、色々な所から募集して出かけました。中高生が44,45名集まりました。そして大学生とか青年のリーダー達が10名以上ですね。そしてフランシスコ会の兄弟達、神父さん達が5,6名。そして、全体を賄う台所の為に何名の方達に手伝って頂きました。8月の5日から10日まででした。ちょっと長い巡礼でした。しかも夏、すごく暑い。テーマは当然のように、殉教者ですね。具体的には二十六聖人、それから信徒発見もテーマに入れました。ちょうど2015年が信徒発見の150年の記念の年でした。それもあって大浦天主堂にも行きました。それから、勿論、二十六聖人の歩いた西坂への道、時津の港からも歩きました。これは大変でしたね。真夏のもの凄く暑い時に、どうなるかと心配しましたけれど、ちゃんと歩けました。子供達もちゃんと歩けましたね。途中、浦上天主堂でお昼を頂いて。まだ少しありますね、西坂まで、もうちょっとですね。とにかく9時に出発して3時半くらいになりましたが、全員歩きました。私は初めて歩いたんですね。兄弟達、神父さん達の中には京都から長崎まで歩いた人たちが何人か居ました。それが流行った時期もありましたけど。私はとてもそんな度胸がなかったのでやったことはありません。けれども中高生達と一緒に歩きました。
それから、もう一つのテーマは原爆ですね。長崎という場所が持っている歴史的なユニークさ。キリシタンの街でもあり、キリスト教の影響の大きい街であると同時に、原爆、これは現代の話ですね。その事についての学び、巡礼をしました。長崎に原爆が落とされた日、8月9日の夕方に、浦上天主堂の大聖堂でミサがありました。私達もそれに参加しました。ミサが終わってから松明行列があるんですね。平和公園まで歩きます。私達も手に松明を持って歩きました。私は茶色のハビトを着てみんなと神父さん達と歩きました。気が付かなかったのですが、写真に撮られていたんですね。珍しいせいか。日本の新聞ではなくて、イギリスの新聞に載っているよと教えられ、後で写真も見せてもらいました。これは原爆でした。それから、時津から歩く、殉教者達が歩いた道も、ほぼ同じ道を歩きました。そういうことを通して体で感じて行く、学んで行く。子供達と一緒に学んで行きました。そういうことを通して、一つ出てきた問いかけ、自分自身の問いかけがありました。それはこの恵みと云う言葉に関連しています。
殉教者達は殉教をすると云う恵みを頂いたわけです。それで、信徒発見150年から2年後、実は去年ですが、浦上四番崩れの150年の年でした。その歴史、信徒発見に至るまでの歴史もそうなんですけれども。よく考えてみると、殉教の時代の子孫達ですね。つまり殉教者達は殉教の恵みを頂いた人達。でも、良く考えてみると、それ以外の人達はつまり、殉教の恵みを頂けなかった人達、と云うふうに思いが浮かんできたんです。いわゆる潜伏したキリシタン達が居たことですね。殉教しなかった。隠れて地下に潜った。この人達にとって、このキリシタン達にとって、恵みってなんだろうなと云う問いかけが自分の中に湧き起ってきたんです。信徒発見の歴史的な出来事、大きなニュースになったと云う事も知っています。歴史的な出来事も色々と本を読んだりして学びました。そして私の中に生まれてきた問いかけ、疑問ですが、潜伏キリシタン達にとって恵みは何だったんだろう。正確な答えがあるかどうかは分からないですけど、私の中で思いついた、浮かんできた一つの答えがあります。彼らにとって恵みとは潜伏して、隠れてでも、世代を超えて信仰を繋いで行く恵みではないかと思ったんですね。死んで華々しく散ると云う事だけが私達が頂く恵みではない。たとえ表面的には転んだとしても、それでもこの人達を神様はお使いになる。信仰を繋いで行く。そして270年経って、もう一度表に出てくると云う歴史的な、或る意味で奇跡と言われていることを神様は起こしになる。一人ひとりに違う恵みをお与えになるのだ、と云うふうに思ったら少し歴史を見る、或いは殉教者達のことを見る時に違った見方が少し出来るようになるのかなと思いました。勿論、信徒発見の時に、初めてキリシタンに出会ったと云うことではないんですね。分かったわけではない。先ほど、去年が浦上四番崩れから150年と言いました。四番目。浦上で4回目という意味ですね。隠れキリシタン達が見つかったと云う4回目なんですね。その他に崩れという表現がキリシタンの歴史の中で使われています。大量のキリシタン達が発覚した。同じように取り調べられ、ある人達は殉教し、ある人達はどこかに追放される。流される。そしてキリシタンの地下の組織がガタガタになる、そうことを示した崩れと云う用語があります。浦上だけではないんですね。大村や豊後、大分県ですね。そして美濃。歴史の中で、あちこちで何回も何回も見つかっているんですね、キリシタン達は。そして、同じように厳しい取り調べや迫害、あるいは殉教もありました。場所と時代によって、影響が違ったようです。相変わらず迫害が続いていく。でも、基本的に、まだ潜っている人達も居たようです。実は、物の本によると、奉行所も含めて、あそこに居るらしいと云うことは知られていたようですね。ところが、既にその地の産業とかそういうものの全てに組み込まれていた形なんで、この人達を摘発して全滅させると云うことは社会にとって都合が悪かったということもあるようです。そう云う意味で完全に抹殺出来なかった。ある意味で隠れていたんですけれども、皆知っていたと。そういうことも実際にはあったようです。まぁ、いずれにしても潜伏して行って自分達の信仰を繋いで行く。世代を超えて繋いで行く。それは簡単なことではないことと想像できます。実は、何故それが、恵みとして捉えることが出来るのかという一つの理由はですね、今、なんです。現代。いま私達は、自分達の信仰を家族の中で繋いで行くことが非常に困難になっていると云う事を知っています。聞くところによると、長崎でもそうだそうです。今の学校のシステムも含めて、子供達を通して次の世代に信仰を繋いで行くことが、とても困難になっている。そういう意味で殉教者の時代とは違う、殉教する環境ではないんですけれども、私達にも必要な恵み、私達が願わなければならない恵みというのは確かにある。信仰を繋いで行く、拡げていく。それは身内のことではあるんですけど、それだけではなく、本当の意味で教会が開かれて、その信仰の恵みを多くの人に繋いで行く、拡げて行く。そう云う恵みを私達は願い求める必要があるし、何とか実現しなければならないのではないかなと思います。そう意味で、私達が願い、祈り求める恵みが何なのかということと、今日の話、講話の中で出た私達のミッションとは何なのかということを、やはり真剣に捉えなおす、考え直す時期ではないでしょうか。
もう一度、今日の福音書のイエス様の問いかけ。メッセージ。「わたしに従いたいと望むものたち」へのチャレンジ。今の時代、命を投げ出すということはないかも知れません。けれどもイエスに従っていく者として、イエス様が求めておられることに応えて、生きたいと思いますかと云う問いかけが、一人ひとりに、そしてこの共同体に向けられているのではないでしょうか。
最初に映画の話をしました。高校生の時は観ることが出来なかった。直視出来なかった訳ですけども、少なくとも今は、映画は2時間、眠らずにちゃんと観ることが出来た。これはわたしにとっての驚きでしたし、それなりに少し成長したのかなぁとの思いもあります。ただ、実際に殉教出来ますかと言われた時には、胸を張っては言えない。けれども、殉教の恵みが頂けないとしても、私達が願う恵みが何なのか、その恵みに応えて生きて行く私達のミッションは何なのかと云う事を目指して実現して行く。そして、信仰を繋いで行く、拡げて行く、この使命が、このミッションが共通にあると思います。一人ひとりの具体的な形は違うかも知れません。けれども、信仰共同体の中でそれを分かちあって行く、繋いで行く、拡げて行く、そう云う歩みを確かなものにして下さるように、殉教者たちの取次ぎを願って祈って行きましょう。
父と子と聖霊のみ名よって、アーメン。。