「年間第2主日」(B年) 説教
2012年1月15日・加藤 英雄師



  少年サムエルは神の箱の安置されている神殿に寝泊まりしていた。神の言葉がサムエルに臨んだ。神様は、主は、神殿の祭司ではなくサムエルに声をかける。祭司エリは主がサムエルに声をかけられたことをまったく知らなかった。祭司エリが年老いていたからですか。いえ、神様は神様を求めている者を探し求めていたのです。
 エリの息子はならず者で主を知ろうとしなかった。エリは非常に年老いていた、しかし、息子たちがイスラエルの人々すべてに対して行っていることの一部始終、それに臨在の幕屋の入り口で仕えている女たちとたびたび床を共にしていることも耳にして、彼を諭した。しかし彼らは父の声に耳を傾けようともしなかった。 神の人エリのもとに来て告げた。あなたはなぜ、私が命じておいた生け贄と献げものをわたしの住むところでないがしろにするのか。なぜ、自分の息子をわたしより大事にして、わたしの民イスラエルが供えるすべての献げ物の中から最上のものを取って、自分たちの私腹を肥やすのか。
神の祭司はわたしのために働くものではないのか。わたしの言葉を聞こうともしない。いや、祭司制度のうちにある者たちが聖なるものを求めることを怠っているのではないか。むしろ快楽を求めている。祭司たちが自分たちのために心と体を動かしているとき、神様は彼らに声をかけようとしない。少年サムエルは神を求めている。主はサムエルを呼んだ。
一度、二度、三度と主はサムエルを呼んだ。そのたびサムエルはエリのところに行った。エリは言う。わたしは呼んでいない。戻ってお休み。三度目に、エリはサムエルを呼んだのは主だと知った。エリはサムエルに言う。今度また呼びかけられたら「主よ、お話ください。僕は聞いております。」と言いなさい。主はまた、サムエルに声をかけられた。「どうぞお話しください。僕は聞いております。」
素朴なサムエルを主は喜ばれた。わたしたちは洗礼を受けています。教会の一員です。神様の子供です。主は言われます。わたしの声に耳を傾けていますか。わたしを求めていますか。

洗礼者ヨハネは二人の弟子と一緒にいた。そして、ヨハネは歩いておられるイエスを見つめて、「見よ、神の小羊だ」と言った。
弟子たちはヨハネのもとで修道生活を送っています。ヨハネが言う。あの方は神の小羊だと。神の小羊。神にささげられる生け贄の小羊。その小羊は世の罪を取り除くためにささげられるのです。今、神への道を歩んでおられる。二人の弟子はそれを聞いてイエスの後を追った。イエスはついて来る二人を振り返る。イエスは言う。「何を求めているのか。」力の大きなものが目の前にある。その大きなものが聞きます。「あなたはわたしに何を求めているのですか。」「先生、どこに泊まっておられるのですか。」あなたの在り方は何ですか。何とつながっているのですか。あなたは何を見つめているのですか。来なさい。そうすれば分かる。午後4時頃であった。二人はイエスのところに泊まった。イエスの中に入る。イエスを知る。 あなたはイエスのところに泊まったことがありますか。あなたにとってイエスとは何者ですか。 イエスは神の小羊。あの方は神様の大きな役割を果たされている方。あの方に神様の不思議を見る。神様の御心のままに働いている。神様の御心のうちにおられる。 イエスと共に歩きたい。イエスの世界に入りたいのです。どこで学ぶのですか。学ぶのではない。一緒に喜ぶ。一緒に悲しむ。一緒に苦労する。一緒に汗をかくのです。
イエスと過ごした弟子の一人アンデレは兄弟シモンに会って言った。わたしたちはメシアに会った。アンデレはシモンをイエスのところに連れて行った。シモンはイエスに会った。イエスはシモンを見つめてあなたを岩-ケファ-と呼ぶことにすると言われた。

今日私たちはサムエル、洗礼者ヨハネ、アンデレ、もう一人の弟子、ケファに会いました。一人一人を思いめぐらして行きたいと思います。神様の声に耳を傾けたいと思います。



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