「年間第3主日」(B年) 説教
2012年1月22日・加藤 英雄師


  今日は回心と出発について語られているように思います。

主の言葉がヨナに臨んだ。大いなる都ニネベに言ってこれに呼びかけよ。彼らの悪はわたしの前に届いている。ヨナは主から逃れたい。船に乗って逃げようとした。海が荒れた。神様から逃れているわたしのせいで海が荒れている。ヨナは海に投げ込まれた。主は大きな魚に命じてヨナを飲み込ませた。三日三晩ヨナは魚の腹の中にいた。ヨナは祈った。主は魚に命じ、ヨナを陸地に吐き出させた。

そして、今日、主はヨナにまた命じられたのです。「さあ、大いなる都ニネベに行って、わたしがお前に語る言葉を告げよ。」

アッシリアの首都ニネベに行く。アッシリアは異邦人の国。神様を知らない。神様に従おうとはしない。ニネベで神様の言葉を伝える。それなりの覚悟を持って行きます。ヨナはニネベの町を歩き回りました。歩きながら叫びました。「あと四十日すれば、ニネベの都は滅びる。」一日分の距離を歩いた時、ニネベの人々はヨナの言葉を聞き入れた。神様に心をとめた。自分たちの思い、行いに心をとめた。断食を呼び掛け、身に荒布をまとった。
イスラエルは主の御言葉に従わない。主に耳を傾けようとしない。お前たちは主を求める者ではないのか。お前たちは主に示された道を行く者ではないのか。なのに、頑なに主の言葉を聞こうとしない。アッシリアの民、神様を認めようとしない民が、わたしの言葉によって、自分たちの奔放な生活を、だらしない生活を後悔している。

ヨナは主の呼びかけを聞いた、そして自分を見つめた。主に従うか、自分の思いのまま進むか。ついには主に従った。自分を見つめる時間を作りなさい。神様を見つめなさい。異邦人、神様を求めない民が神様の言葉を聞いた。これを読んだとき、「良きサマリア人の話」を思い出しました。あなたは信仰の道を歩んでいますか。イスラエルとは何ですか。洗礼を受けた、洗礼の恵みとは何ですか。主の言葉を聞こうとしていますか。

洗礼者ヨハネが捕らえられた。いつの時代も預言者は捕えられる。王に、人々に迫害される。国外退去を強制される、あるいは殺される。ヨハネが捕らえられた。今度は自分がそのような事態になる。ヨハネの宣教は終わってしまった。これからはイエスが中心となって語り始める。
「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。」 これが神の福音です。神様が時を定められた。それは今。神の国をあなた方の前に示します。悔い改めなさい。自分の損得から離れて社会を見なさい。自分のための自分の立場を捨てなさい。自分を守ろうとせず、隣人のために働きなさい。損をしなさい。自分の持っている力はすべて神様のために働く道具です。神様が私たちに力を下さった。支えあって、助け合って生きなさい。 悔い改めなければ神の国は見えません。神の国に入ることはできません。

イエスが来られた。その時から福音は始まっている。イエスが来られた。時が満ちた。新しい時が始まる。
イエスは歩いて、見て、そばに寄って声をかける。
「わたしについて来なさい。人間を捕る漁師にしよう。」
今日、今、わたしたちは一人一人イエス様から声をかけられています。
「わたしについて来なさい。人間を捕る漁師にしよう。」

回心します。新しく出発します。



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