「主の昇天」(A年)説教
2014年6月1日・加藤 英雄師

 

   弟子たちはイエスと出会った。神のみ心と出会った。神の言葉を聞いた。イエスは病を癒された。イエスに神を見た。神の道を歩く。水で洗礼を受けた。新しい出発の時です。罪が赦され、あなたたちは神の子となりました。宣教に出て行きなさい。
弟子たちはイエスと一緒に生活をした。毎日イエスを見ている。しかし、イエスを知っているという自分の知識、自分の信仰経験によって神を語ることは出来ない。神の力によらなければ、神を知ることは出来ない。神の力によらなければ、神を伝えることは出来ない。天の父とイエスによってあなた方に注がれた聖霊によってイエスを見つめなさい。イエスの言葉、業を聖霊によって受けとめなさい。そして、聖霊によって神様を語りなさい。
弟子たちはイエスに問います。わたしたちは新しい命に生きています。神の国を待ち望んでいます。この喜びの時に神の国に入ることが出来るのですか。イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか。
復活のイエス。イエスは新しいのちに生きている。復活の姿を多くの人々に示されている。弟子たちに神の国について話す。食事を共にする。イエスは語ります。皆、洗礼を受けて神の子となった。わたしの出来事を見た。そして、今、出発の時です。あなたがたは今、神の国への出発のところにいます。神の国へ向かって歩き始めるのです。
使徒言行録ではわたしの証人となりなさいと言われます。証人となるとは、神の国へ向かって歩くことです。 神の国は天から降ってくるのではないのです。
イエスの証人:イエスの出来事を信じ、そのまま受け取る事です。イエスの姿の証人となる。イエスの道を歩く、それが神の国への道です。
イエスは天に昇られ、見えなくなった。弟子たちは天を見つめている。天使が言う。なぜ天を見上げて、立っているのですか。今から歩き始めようではないですか。
弟子たちはガリラヤの山に登った。
ガリラヤはイエスと弟子たちが過ごした地です。自分たちの生まれ育った土地です。しかし、エルサレムから遠く離れている。
山:イエスがガリラヤの山に登りなさいと言われた。山は神様の場です。ところで、山はどこにでもあります。祈りの山。信仰のための山。愛するための山道。神様と出会うために山に登りなさい。
弟子たちはイエスに出会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。
ひれ伏した:敬意、従順を現すのです。あなたの前にいて、頭をあげることが出来ない。
しかし、疑う者がいた。
弟子たちはイエスと3年もの間、共に生活した。毎日、言葉を耳にし、業を目の前に見ている。
しかし、イエスが自分の中に入って来ない。自分を変えられない。「この世にいて、この世に住む。しかし、この世に属していない。」そんな生活は出来ない。「理解できない出来事がある。ただ信じなさい。」 使徒たちのうちに疑う者がいた。イエスの出来事を信じる。弟子となる。キリストと出会うために山に登る。
*復活のいのち。命を超えるいのちがある。死んでも生きる命がある。
*このパンはイエスの体。このぶどう酒はイエスの血。
イエスは近寄って来て言われます。天と地の一切の権能はわたしのもとにある。神の国を造るため 出かけなさい。すべての民をわたしの弟子にしなさい。イスラエルはすべての民、異邦人に神様を宣べ伝えるために働くのです。行きなさい。全世界に向かって歩き出しなさい。
今日、主の昇天を祝います。 天におられる神様は人となって、この世に来られた。そして、今日、神様は天に昇られた。
神様はどこにおられますか。天と地におられます。いと高きところからわたしたちを見つめておられます。そして、わたしたちのそばにおられます。わたしたちの隣に、前に、それ以上のところ、わたしたちの体の入って来られます。



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