「待降節第3主日」(c年)説教
2015年12月13日・加藤 英雄師


 

 [ゼファニヤ3・14-17]
 神の都エルサレム、信仰の民イスラエル、喜び踊れ。神様はエルサレムを苦しめる敵を追い払われた。主はあなた方と共におられる。これこそ真の喜び、真の平安、真の救いの出来事。もはや、災いを恐れることはない。人々は神殿をたたえ言う。主なる神はわたしたちのただ中におられる。愛によってわたしたちを新たにされる。わたしたちのゆえに喜びの歌をもって楽しまれる。
[フィリピ4・4-7]
 そんなに苦しいですか、悲しいですか。あなたにそれらの苦しみを、悲しみを受け取る大きな、広い心があったらいい。パウロは言います。喜びなさい。常に喜びなさい。苦しみの中でも、悲しみの中でも主のうちにいることを忘れてはいけない。あなたは自分に対する出来事を思い煩っているですか。あなたの中の何があなたを思い煩わせるのですか。求めているものを神様に打ち明けなさい。

  【説教】
  ヨハネが荒れ野、ヨルダン川のほとりで神様の道を叫んでいる。ヨハネの話を聞こうと大勢の人々が荒れ野に集まって来る。人々は神様を求めている。神様からの平安、救いを求めている。ある人は熱烈に語るヨハネにエリヤの姿を思います。エリヤは語りました。あなたにとって神様とは何ですか。自分は何ですか、自分は神様の何者のなのですか。信仰の道を歩んでいますか。

ヨハネはエリヤのごとく人々に厳しく語ります。あなた方は蝮ではないですか。自分の安心だけを求めている。自分の利益だけを求めている。自分の救いだけを求めている。あなた方は隣人が見えない、見ようとしない。 主の怒りの日が来る。主の怒りがわたしたちを覆う。その怒りからあなた方は逃れられると誰が教えたのか。 悔い改めなさい。今の自分を捨て、新しく生きる者となりなさい。そして悔い改めにふさわしい実を結びなさい。斧はすでに木の根元に置かれている。善い実を結ばない木はみな、切り倒されて、火に投げ込まれる。 その言葉を聞いて胸を打たれる。 どうすればよいのですか。 与える者になりなさい。隣人に心を留めなさい。自分たちの力を人のために使いなさい。隣人の苦しみを知るものになりなさい。 徴税人、兵士たちも回心したい。洗礼を受けたい。神様の恵みのうちに入りたい。 どうすればよいのですか。 自分たちの力によって誰からも金をゆすり取ったり、だまし取ったりしてはいけない。 人々は洗礼者ヨハネに出会って喜んだ。ヨハネは預言者。わたしたちを導く方。もしかしたら、彼がわたしたちを救う方。彼がわたしたちの待ち望んでいたメシアではないだろうか。 ヨハネは言う。わたしは神様を語る者。神様の思いのうちにあなたたちを教え導く者。わたしよりも優れた方が来られる。わたしはその方の履物のひもを解く値打ちもない。わたしは水で洗礼を授けるが、その方は聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。その方がメシアである。

わたしが、皆が待ち望んでいるメシア到来の準備が出来る、こんな大きな喜びはない。ヨハネはイエスの不思議を語るのです。聖霊と火による洗礼を授けられます。人には及ばない不思議な、神様からの大きな恵み。この方は、手に箕をもって麦を殻と実をより分けられる。殻は火で焼き払い、実は倉に入れられる。脱穀場を隅々まできれいに掃き清められます。
わたしはイエスの準備をする預言者として、人々に神の世界を宣べ伝え、回心を求め、そして、洗礼を授けるのです。

ヨハネは大きな恵みをいただいた。ヨハネはイエスの姿のうちに不思議を見た。ヨハネまたイエスと出会ったのです。 ヨハネ、あなたの見ているものを見る目は幸いである。多くの預言者や王たちはあなたが見ているものを見たかったが、見ることが出来ず、あなたの聞いているものを聞きたかったが、聞けなかったのである。
(ルカ10・23-24)


戻る