「神の母聖マリア」(世界平和の日)(A年)説教
2017年1月1日・加藤 英雄師


 

  明けましておめでとうございます。新しい年を迎えました。2017年という新しい扉が開かれました。小生、小さな発見をしたのです。新年は未来。新年の扉が開かれた、わたしたちは未来に向かって歩いて行くのです。未来はわたしたちが、明日を現実のものとするのです。わたしたちの信仰の歩みが未来の日々になるのです。 新年始めの日に、神の母マリアを記念します。世界平和のために何が出来るかを思い巡らしたいのです。

イスラエルは羊飼いを大切にしています。
イスラエルはイスラエルに入る前まで、放牧の生活をしていました。羊と共に生活していました。イスラエルに入ってから農耕と放牧をやっていましたが、放牧の生活を忘れてはいません。先祖を大切にしている。アブラハム、イサク、ヤコブを大切にしています。
  羊飼いは大切な仕事です。しかし、裕福になった人たちは、羊飼いを雇いました。
  羊飼いの仕事は辛い、苦しい仕事です。羊飼いは羊の世話をします。羊に草を食べさせ、水を飲ませる。群れの中に一つにする。一人離れてはいけない。羊飼いは羊に名前を付けるそうです。果物や木の名前を使うそうです。羊を呼ぶ、羊は声を聞く、羊は羊飼いの声を知っているのです。羊は羊飼いがいなければ、不安な生活を送ることになります。
しかし、羊飼いたちの粗末な服装は粗野な生活、貧しい生活にほかなりません。

夜、たき火をしながらすわっていた羊飼いたちに神様の光が注がれました。天使が言います。今日、ダビデの町にあなた方のために救い主がお生まれになった。この子によって人々は神の栄 光を見る。いのちの尊さを知る。神様の人への愛を知る。

神様はすばらしい情報をまず羊飼いたちに知らせました。羊飼いは頭を使う仕事ではない。イスラエルを造っている仕事だけれど、つらい、苦しい仕事、汚れる。力のいる仕事です。賃金も安い。
羊飼いは何にもまして尊い仕事だよ。あなたに勧めるよ。教養を求める人たちは羊飼いにならない。
 思い出すのは、ダビデの召命です。(サムエル上16・1-)サウルの後の王が求められている。主がサムエルに言われたのです。ベトレヘムに住むエッサイを訪ねなさい。エッサイの息子の中から王を選びなさい。息子7人がサムエルの前を通る。皆、すばらしい体つきをしている。教養もある。誰しも申し分ない。しかし、主は言われる。外側を見るな、装いを見るな。わたしは心を見る。あなたの息子はこれだけですか。末の子が残っていますが、今、羊の番をしています。その子が連れて来られた。主は言われる。立って彼に油を注ぎなさい。

羊飼いは羊を一番よく知っています。羊のために一番苦労しています。そんなことを考えていると、あっと思ったのです。母マリアは一番の羊飼いではないか。汚れている小屋で、家畜と一緒に泊まっている。動物の匂いもしていると思います。その中で子を生んだ。イエスは羊。羊飼いマリアに育てられてゆく羊です。豊かさから離れている生活を送る。そして、ついに、イエスは本当の羊飼いになるのです。

平和―母マリアを思い巡らします。母マリアは生活のために働いています。苦労して、工夫して働きます。マリアの心は神様の憐れみを見つめています。弱い人を見つめています。貧しい人を見ています。隣人の手助けを忘れていません。(ルカ1・46-55マリアの賛歌) ある日には、カナでの結婚式で給仕長のような世話役をしたとありますが、働いていらっしゃったと思うのです。

平和は日常からが出発です。世界平和は一人一人の生活から始まっています。日本社会から指導者が建設的なことを発言しても、わたしたち一人一人の心にその思いがないのです。その様な事は平和を求めていると言えるでしょうか。

わたしたちは赤ちゃんイエスをいただきました。赤ちゃんに学ぶ。何を学ぶのですかと聞きたい。赤ちゃんが育ってゆく。わたしたちも育ってゆく。イエスは学問をしました。修練をしました。今、わたしたちにその場がないのですか。あります。しかし、そこに行く勇気がないからではないでしょうか。普通に生活したい。父さんと同じように。皆と同じように。

新年は未来です。新しい自分を造ってゆくのです。
一つ一つ小さなことをやってゆくのです。
優しく、スマートに、きれいに、工夫して善い事をやって行けたらいいと思います。

心が高鳴る未来を造って行こうではありませんか。


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