「受難の主日(枝の主日)」(A年)説教
2017年4月9日・加藤 英雄師


 

 入城の福音 [ルカ19・28-40]
  イエスは子ロバに乗りエルサレムに入ります。大勢の人々がこれを見て、期待と希望のうちにイエスをほめたたえます。新しい王が生まれる。ローマから独立できる。イエスは柔和な方、おおらかな方、神様のみ心を語る方、神様の業を行う方。イエスは神様からの方。しかし、イエスには軍隊がない。ローマとどのようにして戦うのか。そうです、神様は万軍の主。必ず神様が助けられる。

ロバに乗ってイエスが歩くエルサレムへの道に、人々は服を道に敷きます。木の枝を道に敷きます。今日は喜びの日。イエスはロバに乗る。馬で入るのではない。馬は戦士が乗る戦闘具です。エルサレムは神の都。国々を平和へ導く都です。馬で入ってはいけない。ロバによって入る。ロバは物を運ぶ力です。性格が温厚で、粗食に耐えることが出来る力強い動物です。

人々はエルサレムをローマから奪回したかった。武器によって取り戻す。イエスはロバによって静かにエルサレムに入る。しかし、人々は思います、イエスには万軍の主が付いている。神様の力によってエルサレムを奪回するのだ。 枝の主日は人々の勝利を求める思いです。

イエスは過越祭をエルサレムで迎えます。過越しの食事を終わって、ゲッセマネで逮捕されました。ゲッセマネで父なる神はイエスにわたしの杯を飲みなさいと言われました。その杯はすべての人の罪、咎です。わたしが杯を飲む、父からの洗礼がわたしを待っている。血の汗を流すほど悩みました。こんな苦しい事を受け取るのですか。父は言われる。お前はわたしの子。父の言葉に従いなさい。 エルサレムでまことの信仰を示しなさい。この世の人々が悪の世界に入っている。あなたが悪の世界に入って、人々を買い戻すのです。その代金はあなたの命。この世の人々をわたしのもとに連れ戻しなさい。

イエスは神様の道具です。全く自分を捨てておられる。イエスは神様のみ心を語ります。神様のみ心の業を行います。なぜ、神様のみ心を語ることが出来るのですか。神様の憐れみの業を行うことが出来るのですか。わたしがないからです。わたしは全く自分を捨ててしまっているからです。神様の言葉がわたしに響くのです。神様の思いがわたしに満ちているからです。父がわたしに語らなければ、わたしは何も出来ません。わたしの命も心も父のものです。イエスは父と一つになったのです。

救われるとは苦しみ方解放されることです。安心が生まれる。生きることが喜びとなる。
父はイエスに言われました。あなたは人の救いとなりなさい。人のために苦しみを受けるのです。

ローマ人の手に渡される。血みどろになるまで鞭で打たれる。裸にされ、赤い外套を着せられる。殴られる。唾を吐きかけられる。罵声を浴びせられる。茨の冠をかぶせられる。十字架を背負って刑場まで歩かされる。十字架につけられる。石を投げられる。
そんな中、命をかけても従うと言った弟子たちは皆逃げてしまう。
父によって、孤独のどん底にまで突き落とされたのです。
そして命をささげられた。
父への信仰のため人々への愛のため、生贄の重さを示すためのエルサレムの出来事です。
救いの出来事です。
イエスはわたしたちに新しい掟を与えられました。
神様を自分の心と体の全部を持って愛しなさい。隣人を自分のように愛しなさい。
イエスは神様の思いを行われました。欲求の世界、悪の世界にいる人たちを手で救われました。

枝の敷かれた道は人々の希望の道、期待している道でした。人の願いの通りに平和が来る。

神様が示された救いは、受難の出来事でした。

わたしたちも救いのために働くことが出来ますように。


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