マタイによる福音 (マタイ28・16-20)
  『〔そのとき、〕十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておかれた山に登った。そして、イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」』

  いま読みましたマタイ福音書の、最後の箇所ですけれども、イエスさまは最後の言葉として、「すべて守るように教えなさい」とおっしゃいました。この言葉、初めて言われたのは、二千年前のことです。この教えが段々と広がってくるのに、二千年間かかりました。ユダヤの初代教会、ギリシア、ローマ、全ヨーロッパ、そして全世界にも広がってきましたが、日本には、16世紀の真ん中です。1549年に聖フランシスコ・ザビエルが、初めて、この言葉を持ってこられたのです。小さな種が、二千年間に、大きく、深く、そして強く、広まって行きました。私たちはいつその言葉を、つまりキリストのことを初めて聞いたのでしょうか。皆さんのうちにも色々なケースがあるでしょう。ある人は小さい時、自分の親から、初めてキリストの教えを聞いたかも知れません。あるいは学校で、あるいは大人になってから、友だちの関係で、先生の関係で。あるいはたまたま教会に入り、これは私にとって、神の言葉ですと思って信者になった方もいらっしゃるかも知れません。もちろん私たちは、その言葉に動かされたのですけれども、強いて言えば、言葉よりも、その言葉を伝えた人の態度を見て、あるいは動かされたのかも知れません。小さい子どもは、赤ちゃんの時から、母と父の言葉を聞いていますけれども、その子どもの中に残っているのは、その言葉よりも、お母さんやお父さんの祈り、態度、信心、親切などです。つまり、証しするのは言葉だけではありません。本だけでもありません。説教だけでもありません。もちろん、これらことも大事ですけれども。大事なのは人の態度です。あの親、あの先生、あの友だち、あの先輩、あの司祭……。その態度を見てこそ、私はその言葉を信じることになって、そのような態度を取ることになりました。
  皆さん、毎年のようにこの教会では、今日は26聖人の、つまり、日本最初の殉教者の記念する日を祝っています。しかし、皆さんに、例えば「聖ペトロ・バプチスタは何を言いましたか」。「どのような言葉を使いましたか」と聞いてみても、おそら
く、それに答えられる人はひとりもいないかも知れません。あるいは、「聖パウロ三木はどのような言葉を言いましたか」。説教がうまかったそうですけれども、残っていません。十字架の上からの最後の話は残っていますが。あるいは聖マルティーノなどの言葉は残っていませんけれども、私たちの心の中に残っているのは態度です。あの最後の行いです。その信仰を守るために命を捨てました。血を流して命を捨てました。これこそ、私たちの心には残っています。つまりキリストは、きょうは読まれる箇所ではありませんでしたが、弟子たちに言っています。あなたたちは「わたしの証人となる」(使徒言行録1・8)と、です。証し人にならなければなりません。そして26聖人は、やはり私たちの証し人になりました。私たちと同じような人でした。色々な国の人。歳も違いました。おそらく自分の趣味・興味なども違いました。性格も違いました。色々なことを言ったかも知れませんが、残っているのは、最後になり、「どうしてもその信仰を最後まで守ります」。それを表わすためには、十字架まで、キリストと一緒に行きます。その証しこそ、行いの証しこそ、私たちの心に残っています。
  日本の450年間の教会の歴史は、言葉よりも、証しの歴史ですね。行いの歴史から作られた素晴らしい日本の教会の歴史ではないでしょうか。今日、記念するのは26聖人です。いちばん最初に命を捧げた、あの26人の人たちです。ご存じのように列聖されたのは、1862年ですが、この教会は、その少し後に、下町の教会として出来たそうですが、その聖人に奉げられた教会としては、細かくは調べていませんが、日本では初めてだったかも知れません。
  また、日本における聖人、福者では、26聖人のほかに、16人の列聖された聖人もいます。それはご存じのように、マニラで最近列聖されたのですが、ドミニコ会と関係のある聖人のことです。それに205人の福者も、教会から認められた福者もいます。
  すでにお亡くなられたキリシタン時代研究の専門家だった──この教会でも何回もお話しをなさった──チースリク神父(イエズス会)様とお話をしたことがありましたが、次のようなことを言われたのです。日本の殉教者は何人いるのか分かりません。あるいは何万人かも知れませんが、2,000人ぐらいなら、細かく最後の小さな事だけでも分かります。いつから生き、いつ殉教したか、いつ亡くなったか。そのぐらいの数の人は調べができています。明日にでも列福される、あるいは列聖されるようなことですが、日本の教会はその中から188人を、最近の事ですが選ばれたのです。もしかしましたら今年列福されるかも知れません。188人、みな日本人です。これまでに列聖されたあるいは列福された人のうちには、外国人も多かったのですが、今度の188人は全部日本人で、大人も子どもも、男性も女性も、若い人も年寄りの人も、日本の北の方の人もあるいは九州、南のほうの人も入れて、188人を選びました。その人たちについて、皆さんが何をご存じかは知りません。その人たちの言葉、その人たちの手紙、あるいは、その人たちの説教みたいなことを、ひとつもご存じないかも知れません。けれども、みんなが知っているのは一つのことです。行いをもってどんなことがあっても信仰を最後まで守りました。最後に血を流して、その信仰の証し人になりました。そこに価値があるのです。
  私たちは、毎年と同じように、この26聖人の、あるいは名前を思い出しながら、尊敬しているわけですが、その意味は何ですか ? 毎年2月の最初になると、こちらに集まってその26聖人のことを思い出すのでしょうか。ひとつは、尊敬すること。どの国でも、どの町でも、どの団体でも、優れた人を尊敬します。少なくても、毎年一回ぐらい、今日はあの人の命日です、今日はあの出来事の記念の日ですと思って、尊敬するのです。皆さん、500年前の人は、やはりいまの信者にも負けないで、あるいは私たちよりも素晴らしい信仰を持って、最後までそれを守ってきました。私たちの模範になりますから、感謝をもって尊敬されるべきです。
 もし、その時の殉教者がいなければ、私たちはここに集まることはないでしょう。あるいは日本の信者も少なかったかも知れません。いちばん最初に、いのちを奉げましたからこそ、その小さな種が段々と広まって来ました。皆さん、尊敬しながら感謝しましょう。感謝しながら尊敬しましょう。私たちの周りの子どもたちが覚えるのは、大人の私たちの行いです。言葉はとんでしまうのです。そのうちに残った言葉もあるかも知れませんが、いつまでも残っているのはその行いです。信仰から出てくる信心の行い、信仰から出てくる愛です。その愛から出てくる親切さです。それは最後まで残ります。
  皆さん、私たちにはたぶんそのように血を流して殉教する機会はないかも知れませんが、それに倣う機会は毎日でもあります。もし、この簡単な式から、結論としてそれだけ持って帰ったらいいと思います。もちろん子どもたちや他の人にも、キリスト教について話しますけれども、それよりも自分の態度をもってそれを表わしたいです。あの26聖人と同じように、私たちも本当の証し人になりたいと思います。
 最後にもうひとつ。私たちはきょう祈るためにも来ました。言うまでもなく、直接にキリストに祈るのが、いちばん根本的な祈りでしょう。けれども素晴らしい取り次ぎ者もいますから、おもにこの教会の保護者である、日本26聖人に祈りましょう。何を祈りましょうか。あなたがたと同じような証し人になりますように。私も、隣の人も、この教会の人も、すべての日本人も証し人になりますように。最近信者の数はどうもあまり増えてこないし、司祭・修道者の数も段々と少なくなりましたし……。皆さん、キリシタン時代には、司祭・修道者も増えるどころか、ゼロになりました。それでも200年以上の間、素晴らしい行いをもって、素晴らしい証しをもって、最後まで信仰を守りました。私たちは今、司祭や修道者が少なくなったからと言って、そんなに熱心にやらなくてもいいという言い訳にはなり得ないです。昔の人の事を
 
考えて、私たちこそ、昔の人と同じように、素晴らしい証し人にならなければなりません。それを今日の祈りにしたらどうかと思います。 すべての人、すべての信者、すべての日本人、全世界の人こそ、キリストに倣って、あるいは、キリストに倣って生活をした人を──26聖人もそうですけれども──見習って、私たちもそのような証し人になりますように。今日のごミサの、心からの、根本的な祈りにしたいのはこのことです。私たちもあなたがたと同じように、血を流すような機会は無くても、生きている間、本当の証し人になりたいですから、それこそ、近くにいらっしゃるイエスさまに、私たちのために祈ってくださいと、それを私たちの心からの祈りにしたいと思います。

 
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