「復活節第2主日」(C年)説教
2013年4月7日・加藤 英雄師


 

  週の初めの日、日曜日です。日曜日は八日目です。八日目は出発の時です。弟子たちは集まっています。自分たちが集まっている家の戸に鍵をかけています。皆の集まっている家の扉の鍵、窓の鍵、すべての入り口、出口に鍵をかけている、また、それぞれ自分の心に鍵をかけているのです。自分たちを守り、自分を守るために閉じ籠ります。そこにイエスが来られ、真ん中に立ち、言われました。「あなた方に平和があるように。」弟子たちはイエスを見た。イエスの声を聞いた。弟子たちは驚いた。わたしたちはイエスを捨てた。イエスを離れた。自分を守るために、自分の心に鍵をかけたのです。エルサレムを逃げ出し、それぞれが自分たちの家に帰った。弟子たちはイエスに出会い、イエスのもとに集まった。そして、イエスの死によって散ったのです。今、鍵のかかった家にイエスが来られた。そして平和があるようにと言われた。イエスは弟子たちの顔を見た。会えて嬉しい。弟子たちにイエスの心が響いた。弟子たちも心の底から思う。イエスに会えて嬉しい。そして、自分たちの弱さ、小ささを思うのです。イエスは言われます。わたしの出来事を人々に宣べ伝えに行きなさい。わたしの出来事が福音です。そして、イエスは弟子たちに息を吹きかけられた。創世記の記述を思い浮かべます。神様が人に息を吹き入れられた。人はこうして生きるものとなった。今、イエスは人に聖霊を吹き入れられたのです。新しく生きるものとなりなさい。
 この日、トマスはいなかった。トマスは、弟子たちがわたしたちは主を見たというのを信じなかった。トマスは言うのです。わたしは自分で主の体に触れて見なければ信じません。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れて見なければ、また、この手をその脇腹に入れて見なければ、わたしは決して信じない。」
八日の後、弟子たちは鍵のかかった家に集まっている。イエスが来られた。真ん中に立ち、言われます。「あなた方に平和があるように。」イエスはトマスに言われます。あなたに会えて嬉しい。わたしの体に触れて見なさい。あなたの指をここに当て、あなたの手を伸ばしてわたしの脇腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。トマスはイエスに会った。感動した。一瞬、声も出ない、体が動かなかった。「わたしの主、わたしの神よ。」「トマス。わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は幸いである。 弟子たち、仲間はわたしと一緒に生活したのではないか。弟子たちはわたしを見たと言った。十字架にかかって命を奪われたイエスを見たと言った。トマスよ、あなたは弟子たちのその言葉を信じなかった。 遠藤周作と言いう作家が、聖書を一緒に学んでいた学生を怒った事があります。学生が言ったのです。聖書のどこかの部分でしょう、わたしにはどうしても信じられない。遠藤周作が言うのです。わたしが命をかけて信じていることがなぜ信じられないのか。わたしはあなたにとって何なのか。わたしは人生をかけて信仰の道を歩んでいる。はっきりと覚えていませんがそんな会話があったそうです。 トマス、あなたの仲間たちの信仰をあなたはどう考えているのか。復活のいのちを信じる。見ないのに信じる人になりなさい。
黙示録、ヨハネに大きな声が響いた。あなたの見ていることを書いて七つの教会へ送りなさい。今体験していることの証人となりなさい。今、見ていること、聞いていること、体験していることをの証人となる。わたしたちも神様の御言葉の証人となるのです。語りかける声の主を見ようと振り向くと人の子が見えた。イエスの姿が見えた。イエスは言われます。わたしは最初の者にして、最後の者、生きている者である。わたしは生きている者の主であり、死んだ者の主である。復活のいのちを信じます。
 イエスの出来事を告げ知らせることが出来ますように、イエスから示された道を歩みます。


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