「主の降誕(日中のミサ)」(c年)説教
2015年12月25日・加藤 英雄師


 

  <イザヤ9・5 cf>
 「ひとりの幼子が生まれた。
ひとりの男の子がわたしたちに授けられた。
その肩には主権があり、
その名は永遠のみことばと呼ばれる。」
 赤ちゃんが生まれた。その子は神様からの贈り物。一握りの人たちしかその出来事を知らない。この子に神様の思いがあふれている。この子の父、母は神様からこの出来事を知らされた。
どのようにして育てるのですか。あなたの信仰のうちに育ってゆく。いつ、どこでも神様を見つめなさい。 この子は永遠のみことばと呼ばれる。

[イザヤ52・7-10]
 イエス様の誕生を知った。祝った。この喜びのうちに空を見る、木々を見る。風を感じる。すべてが美しい。わたしは恵みを語りたい。神様の温かさを語りたい。平和を見つめることを語りたい。
イエス様はわたしたちの主。 わたしたちは神様を見つめる。主を見つめる。神様からのいのちを見つめる。神様の恵みを見つめるのです。

[ヘブライ1・1-6]
 イエスって誰ですか。イエスは神様のみことばです。神様のみ心です。神様のほほえみです。
  神様はご自分の思いを多くの預言者を通して何度も何度も語られた。人々は聞いてくれない。耳を貸そうともしない。神様はご自分で人々に語ろうと強く思われた。神様はご自分が地に降りて、人となって語ろうと思われた。この日、神様は人として、赤ちゃんとして来られた。赤ちゃんが生まれた。人の中に入る。人とつながる、心と体でつながる。神様ご自身が、神様のみ心を語られる。み心を行われる。 あなたにとってイエス様って誰ですか。

[ヨハネ1・1-18」
 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。
言はわたしたちに与えられた神様のみ心です。言は音ではない。文字ではない。言は神様の見える姿です。言は神様のうちにあって、万物の造り主です。言はいのちを持っておられる。言は人を造られた。言は人に神様のいのちを与え、人を生きる者とされた。人は神のいのちに生きている。神様のいのちは光。 言はご自分が造られた人の世に入られた。しかし、人々は言を受け入れようとしなかった。人は皆、一人ひとり自分の城を作っている。その城の中に閉じこもっている。
言は言われる。その城を壊しなさい。その城に住む者は隣人が見えない。神様が見えない。神様が見えない、神様を見ようとしない人よ、あなたは何者なのか。何が出来るというのか。人よ、あなたは何も持っていない。支えられなければ生きて行けないものではないか。

  言を聞きなさい。いのちを見つめなさい。

今日、神様の光、神様のいのちが人となって、わたしたちの世界に生まれました。
御子の喜びが見えますように。
御子のいのちが見えますように。
み心を受け取ることが出来ますように。

クリスマスおめでとうございます。


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