現在のカトリック本所教会主任司祭

イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父
 

 
東京教区での渡邉泰男師の略歴

司祭叙階       2006年3月5日
     
目黒教会助任    2006年〜2009年       
 
豊四季教会助任  2009年〜2010年
豊四季教会主任  2010年〜2017年
 
本所教会主任    2017年4月〜

 


教会報
第196号
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第195号
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第183号
教会報第214 号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父
「ミサ前提の教会 22」

これまで現代社会にキリスト者が光を示すためにと題して、
(1)同じ目線に立つ
(2)信頼と対話
 と続けてきていますが、今回は、
(3)福音を、良心を照らす光として
 に関して書いていこうと思います。

 問題になるキーワードが[福音]―良き知らせ―です。この[福音]が問題なのです。
ここで皆さんに問います。あなたにとって[福音―良き知らせ]とは何でしょうか? 十人十色の回答が来るはずです。要理をひもとく方もいるでしょう。「わからない」という方もいるかも知れません。が、[福音]と訳されたギリシャ語はエウアンゲリオンで、ヘブライ語聖書のべソラーの訳語です。ただし、内容は戦争勝利の知らせ、あるいは、その知らせの報いの意味です。宗教性は薄いのです(カトリック大辞典参照)。そうは言っても教会は福音宣教と言っている、と。では、新約聖書の福音書、特に共観福音書の元になったといわれるマルコ福音書を開いて見ましょう。最後のほうに「すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」(マルコ16・15)とあります。
 ここで言われている福音を宣べ伝える対象は、「すべての造られたもの」です。つまり、人に限定すれば、人間すべてです。そうであれば、他の宗教の人も、宗教を信じていない人にも当てはまります。キリスト教の福音では、他の宗教の人にケンカを売っているようになります。ただ、カトリックという意味に注目したい。その意味は周知のように「普遍性」です。つまり、この[福音]は普遍的な真理なのです。どんな方にとっても「良き知らせ」で、救いや解放につながるものなのです。そして、どのような宗教も超えて通用するのが、この[福音]なのではないでしょうか。
 そうだとすると、「福音」とは、個々の宗教、宗派の枠を超えた「良き知らせ」であり、キリスト教も含め、宗教とはある意味で無関係とも言えるでしょう。このことは、私が十年来、部落問題に関わり、同和問題を考える宗教連絡会(東京と千葉の同宗連)等の活動や人権に関わる研究集会等を通しても確信的に断言できるようになってしまいました。
 わたしたちは漠然とキリスト教と福音は同じもの、あるいはキリスト教の中身が福音だと教えられ、そう理解しています。しかし、イエスの最終メッセージは、キリスト教を広めなさいではなく、「福音を宣べ伝えなさい」なのです。マルコ福音書の冒頭では「悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ1・15)、本田哲郎訳では「福音に信頼してあゆみを起こせ」(マルコ1・15)です。私にとって「良き知らせ」とは、自死をしようとしていた私を既に十字架にかかって贖って下さって、いつも大切にしてくださっている主キリストとの出会いでした。主によって救われ、少しずつ解放されていきました。今でも主イエス・キリストに養われ、人との出会いを通してキリストの豊かな愛を実感させられているのです。
 また長くなりそうなのでこの辺で次号に続けましょう。
 
教会報第213 号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父
「ミサ前提の教会 21」

 現代社会にキリスト者が光を示すためには、これまでのような姿勢、すなわち上からの目線であってはならず、自分たちは高みに立っているという思い込みから世界の人々と同じ目線に立とうという心構えへの転換が必要であり、そして、それは、回心―メタノイア―、「低みから見直す」私たちのものの見方・考え方に通じます、と書きました。前々回の続き、現代社会に、キリスト者が光を示すためにと題して、(1)「同じ目線に立つ」、(2)「信頼と対話」と、前号は、(3)「福音を、良心を照らす光として」を書きました。
 ここで、前の(1)「同じ目線に立つ」に戻ってみましょう。説教の中でも述べていますように、回心−ギリシア語の「メタノイア」と訳されたヘブライ語は「ニッハム」という語で、その意味は、人の痛み・苦しみ・悔しさ・寂しさ・怒りに共感・共存するという意味だそうです。私たちは出会いの中で、他者のこの苦しみ・痛み・悲しみなどを共感共有すると、自然と身体が動き、その人に自然に寄り添ったりしてはいませんでしょうか。  私は胆石を経験しているので、胆石の痛みはよく分かります。あの時に経験した痛みを思い起こさせるからです。そんな病気の方に、「そりゃー痛かったでしょう。大変でしたね。」と自然に声掛けでき、少しでも励ますことがたやすく出来るものなのです。
 思うに、イエスの十字架後、おびえきっていた弟子たちに復活されたイエスが現れ、昇天される前に息を吹きかけて、聖霊を受けなさいと言われ、聖霊の賜物をキリストの弟子たちは頂きます。また、パウロは聖霊の宿る神殿が身体だとまで伝えています(参照箇所:文末)。この聖霊を私たちキリスト者は確実に受け継いでいるものです。この神の息吹として頂いている聖霊の活きが、私たちの出会いの中で何か共感共存するものがあれば、自然と同じ目線、いや、そりゃ〜大変だと目線はむしろ低みに立つことになるでしょう。それから信頼と対話になっていくのです。
 聖霊の活きは、人と人を繋ぐこと、神と人を繋ぐことです。この活きは同時に起きたりもして顕著です。悪霊は逆の活きをします。

話はいいところですが文字数の関係で今回は終わります。次号では、(3)「福音を、良心を照らす光として」を見てみましょう。

(参照箇所)
コリントの信徒への手紙(一)3・16〜17
 あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか。神の神殿を壊す者がいれば、神はその人を滅ぼされるでしょう。神の神殿は聖なるものだからです。あなたがたはその神殿なのです。

コリントの信徒への手紙(一)6・19
 知らないのですか。あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。

コリントの信徒への手紙(二)6・16
 神の神殿と偶像にどんな一致がありますか。わたしたちは生ける神の神殿なのです。神がこう言われているとおりです。「『わたしは彼らの間に住み、巡り歩く。そして、彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。

エフェソの信徒への手紙2・21〜22
キリストにおいて、この建物全体は組み合わされて成長し、主における聖なる神殿となります。キリストにおいて、あなたがたも共に建てられ、霊の働きによって神の住まいとなるのです。
 
教会報第212 号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父
「主のご降誕お喜び申し上げます
    また、新年明けましておめでとうございます」

 ヨハネ福音の「ことば」は、私たち日本人にとっては言霊といっていいでしょう。そして、この言霊は私たちがキリストに出会い、救われて行くはるか前から、すでに居続けているのです。我が師匠の門脇神父は、デカルトの有名な命題「我思う、ゆえに我あり」ではだめだ!と言われていました。なぜでしょうか?「私が思い、私がある」では、自己中心になり、神がいなくなるんです。私が思うゆえに、神あり!なんです。
  そして、私たちが日常、口にすることばと、神のみことばのちがいは、頭(知性)で知るのではなく、この生身の聖霊の宿る神殿(身体)で悟ることができるものなのです。みことばはこの生身の身体のうちに蒔かれており、時折に私たちの内からみことばが思い浮かび、あるいは聴こえるはずなんです。この方=光となったこの方=は、すべての人を照らすんです。信者だろうが、なかろうが。そして、本当のいのちを顕(あらわし)に来られたのです。私たちのうちに、みことばは蒔かれ、本当のいのちが輝きつつあるのです。
 しかし、私たちはややもすると、聖書の、みことばを読み学び考える。それは学校で習った学習です。そうであっても、私たちのうちに蒔かれるみことばは、聖書を読み親しむことによって、この生身の身体(ミ)に蒔かれ、みことばである主によって育まれるのです。キリスト・イエスが神に育まれる道も、私たち同様に小さな幼子として生まれ、真のいのちの輝きを顕され、大いなる希望に満ちたのです。私たちはその光に向かって、かつその新しさの光の中に真のいのちを、生身の身体になった、ちっちゃなイエスが私たち一人ひとりに、そのいのちのエネルギーを波紋のように、好意(恵み)としていつも注いでいてくださっておられるです。
 主のご降誕を祝い、真の光に向かって私たちはキリスト・イエスに信頼して、新しさのいのちに向かって歩み起こしていきます。イエス・キリストに委ねて日常を歩む中、神の子供となる内なる力を、私たちは体験することになるのです。世が受け入れなかった人たちは、血(民族)や世間の思い、男の思い(男性優位の社会)に拠ったのです。私たちはそうではないのです。本当にあの楽園で誰も傷つけず誰もしんどくならない平和な、その創造主である神によって、神によってお生まれになったこと、私たちは、もっともっとみことばのうちに、真の光のうちに救いが好意(恵み)として与えられ、一人一人が自由に卒直に、あるがままの自分として、神によって「良し」とされた神の意向に向かって、光を照らしてくださる主イエス・キリストの道を歩んでいきたいものです。真のいのちをの輝きである、その方、主イエス・キリストの誕生を私たちは毎年祝います。そして、この一年、典礼を通して、主イエスの人生、主が顕された生き方に接し、あるいは聖書を紐解いた、みことばによって、私たちのこの生身の聖霊の宿る神殿である身体が、真のいのちの生かされて行くことを、もっともっと日常の出来事のうちに実感できるように歩んでいきましょう。
 
教会報第210 号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父
「ミサ前提の教会 20」

前号教会報に続けて、健全な批判精神を養うことを考えながら、現代世界におけるカトリック教会の役割について話しています。 これまで、(1) 同じ目線に立つ、(2) 信頼と対話、とまとめてきました。
今回は、対話と信頼をもって人々の営みに参加する術について話していきましょう。

(3) 福音を、良心を照らす光として

信頼と対話をもって人々の営みに参加していくこと。これが、これからの教会が現代社会に貢献すべき点となるでしょう。その対話に私たちが貢献できるのは、私たちのアイデンティティーとなっているキリストの良心です。私たちの良心が、一般の人々のそれと異なる点があるとすれば、それは私たちを照らし続けるキリストからの光にあります。
 良心とは、人間として本来どうあるべきか、どう行動すべきか、直感的に判断する本能といって良いでしょう。ちょうど植物が、太陽の光のほうに向かって伸びていくように、良心は、本来の人間の取るべき方向を示す光であり、ある意味では人間の心奥に刻み込まれた本能です。本能といったのは、人間が自らコントロールできない心奥で働いているからです。しかし、具体的に、ある直面した状況で、どう行動すべきか、どう判断すべきかに関して、良心を照らす光は、その人の生き方、生きざま、信条、教条などによって異なってきます。
 イスラム教の人、ヒンドゥー教の人、曹洞宗の人、浄土真宗の人、アフリカの人、アジアの人、あるいはまたアメリカの傘のもとに経済的に繁栄した日本社会で生きている人々、その中でも家庭の主婦とサラリーマンなど、それぞれの立場、そして人生経験によって、良心の声は異なってくるはずです。それは良心を照らす光が異なるからです。
 私たちカトリック者が貢献できるとすれば、まさにこの良心を照らす光に関してです。私たちには、人間一人ひとりがかけがえのない存在であること、人間一人ひとりがどれほど尊いものであるかを示してくれたキリストがいます。そんなキリストを仰ぎながら私たちは生きています。私たちの良心を照らす光に基づいて、人々との対話の輪に加わり、人類の営みに参与していく、そこにキリスト者の貢献する道があるように思われます。高みからではなく、人々と同じ目線に立って、利害、損得を度外視して、人間の営みに加わっていく、その究極のモデルがキリストです。
キリストは、神であるにもかかわらず、人となって、この世界の現実に自らを置き、その生涯を通して人々の良心に語りかけ訴えた方です。実にキリストの中に、どう行動するかの基本的な規範があり、光があります。そうしたキリストを仰ぎながら、人々の営みに加わっていく、そこに現代カトリック者に期待される役割があると思います。
 
教会報第209号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父
ミサ前提の教会 19

前号の最後で、現代世界におけるカトリック教会の役割について考えはじめました。
つまり、現代社会にキリスト者が光を示すためには、これまでのような姿勢、すなわち上からの目線であってはならず、自分たちは高みに立っているという思い込みから世界の人々と同じ目線に立とうという心構えへの転換が必要であり、そして、それは、回心―メタノイア―、低みから見直す私たちのものの見方・考え方に通じることでもあるのでしょう。

(1)同じ目線に立つ

それは、第二バチカン公会議が明確に示しています。この世界に生きる人々の生活の場に、しっかりと足を下ろし、同じ目線、同じ場に立って、そこで生活する人々の人間としての喜びや希望、悲しみや苦しみに対する柔らかで鋭い共感能力を磨こうとすることです。 現代世界憲章序文には、「現代人の喜びと希望、悲しみと苦しみ、特に貧しい人々とすべて苦しんでいる人々のものは、キリストの弟子たちの喜びと希望、悲しみと苦しみでもある。真に人間的な事柄で、キリストの弟子たちの心に反響を呼び起こさないものはひとつもない。」と、現在社会に生きる人々に対する共感が示されています。

(2)信頼と対話

では、同じ目線に立つ、同じ平面に立って、そしてその後どうするのかは「信頼と対話」にかかってきます。ここで注意していただきたい事は、他の宗派あるいは他宗教の方々とうまく付き合えないのは、この目線と場の不一致があり、回心の必要性があるでしょう。 教皇ヨハネ23世の回勅『地上に平和を』より前の教皇たちが出していた回勅は、従来のカトリック信者を限定的に対象にしていましたがこの回勅は違います。他の宗派のキリスト者や、共産主義者を含めた全てのイデオロギーの信奉者や一般市民など、すべて善意ある人々を対象にして描かれました。すべての人々が、信条、教派の違いを乗り越えて協力しなければならないという呼びかけの背後にあるものは、それぞれの善意、それぞれの良心への信頼です。神から造られた一人ひとりの人間は、どんな人も光と希望を求めて必死になって生きています。その歩みは直線的ではなく、失敗と過ちが伴うものではありますが、しかし、それでも皆幸せになるための道を求め続けて、遅々とした歩みかもしれないが、前に進んでいます。教皇は、こうした善意を信じて、人々の輪に加わるよう呼びかけられました。対話と信頼は、同じ目線に立って、教会が人類全体の希望と光を見出したいという困難な営みに加わっていくために求められる基本的な心構えです。で、その対話と信頼を人々の営みに参加する術は次号にしましょう。
 
教会報第208号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父
ミサ前提の教会 18

健全な批判精神のすすめとして、前回は十字軍をみて、過去のカトリック教会の歴史上の過ちを確認しました。復習しますが、フランス革命が掲げたのは、人は皆、自由・平等であり、互いに助け合わなければならないという旗でした。ところが、王権神授説などをもってルイ王朝側にいたカトリック教会にとってそれは受け入れがたいものでした。また、アメリカの独立宣言に対しても同じことが言えます。アメリカの独立宣言はすべての人間は自由・平等で、同じように幸せになる権利があると宣言するものですが、この宣言は、英国国教会やカトリック教会からの弾圧を逃れてきたピューリタンやプロテスタント諸教会の人々が関わって出来たものです。そこにカトリック教会の人々は関わってはいません。と言うより、当時のカトリック教会は、自分たちこそ唯一正しい使徒伝承の教会であるという自負心からプロテスタント教会と一線を画し、アメリカの新しい芽生えには否定的な態度をとっていたのです。
このような教会の流れを振り返るとき、聖ヨハネ・パウロU世教皇が新しい世紀を前にして、教会の過去を振り返り、そこに過ちがあったと公に宣言し、その許しを願ったということは非常に画期的なことでした。しかし、過去の過ちを指摘する光は、本質的には決して教会が自ら見出したものではなく、一般社会が厳しい闘いを闘いながら、そして自分たちの血を流しながら見出し、勝ち得たものなのです。その光に、遅まきながらカトリック教会が目覚めたと言うべきなのです。
この点で、人類の営みを評価すべきです。カトリックの信仰の光に照らしてみれば、人類も、実に、神から造られた存在であり、すべての人に知性と意志、そして良心が与えられており、それぞれ必死になって光を求め続けてきたと言うべきものなのです。人類がこの地球の上に出現してから長い時間をかけて求め続けて勝ち得た光、真理は尊いものであり、敬意を払われるべきものでありましょう。しかし、残念ながら教会は、人間の自由や平等などの基本的人権に関しては、自分たちには神から委ねられた特別な光があり、自分で信じている真理こそ絶対であると思い込んでいるうちに、なかなか認めることができずにきてしまいました。その真理に気づくことができたのは、第二バチカン公会議が開催された以降のことであり、二十世紀の終わりになって、ようやく真理の光に照らされて過去の過ちを公に宣言し、そのゆるしを願ったということなのです。

では、現代社会にキリスト者が光を示すためには、つまり、現代世界におけるカトリック教会の役割はどういう事になるのでしょうか。それを考えるためには、これまでのような姿勢、すなわち上からの目線であってはならず、自分たちは高みに立っているという思い込みから世界の人々と同じ目線に立とうという心構えへの転換が必要となるはずです。例えばそれは、「教会の外に行って」人と出会うなかでのことや、「教会の中でも」夫婦や友人のように、いつも出会っている人ともっと深く交わって行く時にも必要なことだと思われますね。次号以下の教会報で話を進めていくことと致しましょう。

教会報第207号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父
ミサ前提の教会 17

倫理・道徳の分野に関して、教皇の指導や発言を絶対視し、無批判に従うべきではないという一つの根拠があります。それは過去の教皇やバチカンの省庁の発言や指導を見る時、現代の目から見れば、明らかに倫理的には過ちであったということが多々あるからです。十字軍や異端審問、ガリレオの断罪、第二次世界大戦におけるナチスに対する教会の沈黙等の例を挙げることができます。いずれも当時の教皇や教会の責任者たちが関わった事柄です。前教皇ヨハネ・パウロ二世は、ここであげた事柄について誤りであったと公に宣言し、その許しを願ったのは皆さんの記憶にもあるのではないでしょうか。
なかでも十字軍は、現代社会にまで影響を及ぼすイスラムとの大きな傷になっているのではないでしょうか。現代に生きるキリスト者として、どう考えどう対処したらよいか、基本的な規範をこの十字軍を通して探ってみましょう。
前教皇は十字軍の件を過ちであったと宣言しましたが、何が過ちであったのか、改めて確認してみましょう。そのためには当時の教皇や教会が、どのように考え、判断していたのかを確かめてみることにします。そもそも十字軍の派遣は、イスラム教徒に占領された聖地の奪還をその基本的な目的としていましたが、歴史の流れを見ると、その芽生えとなるものは、すでにそれ以前のスペインにあったと歴史家たちは指摘しています。(注『キリスト教二〇〇〇年 上』ポール・ジョンソン著 別宮貞徳訳 一九九九年 共同通信社)
好戦的な十字軍遠征は、三つの要素が結びついて誕生します。第一は、スペインを舞台にして起こったイスラム教徒に対する小規模の「聖戦」の発展。第二は、カロリン朝の君主にはエルサレムの聖地とそこを訪れる西ヨーロッパの巡礼を守る権利と義務があるという八〇〇年頃に生まれたフランク族の伝統。それらが、第三の要素、十一、十二世紀の西ヨーロッパにおける人口の急増、それに伴う土地獲得欲と結びついた結果です。また、十字軍を支えた教皇を始めとする教会全体に、キリスト教が他のどの宗教よりも優れたものであり、自分たちにはそれを世界中に伝え広げていく使命が与えられており、そのために世界を支配する権利があるという信念が潜在的に働いていたと指摘しています。そして、十字軍結成の具体的なきっかけとなったのは、イスラムの勢力拡大に脅える東方の教会が、ローマ教皇に支援を求めたことです。その要請を受けた教皇は顧問たちにも諮り、当然熟慮したはず。その結果が、十字軍の結成となり、十字軍の派遣が呼びかけられたのです。こうして始まった十字軍が、十四世紀の半ばまで断続的に続き、十字軍がイスラム圏の諸国や聖地で、略奪、殺戮等、どんなに残虐で理不尽な行為を働いたかは、歴史書をひもといてみれば明らかであります。この歴史的事実に躓いて洗礼をとどまった方もおられるでしょう。しかし、当時の教皇も良心に従い祈り、熟慮したに違いありません。
そこで、十字軍の結成を呼びかけた当時の教皇の良心を照らし、決断させた光と動機について列挙してみると以下のことが考えられます。

1 広い意味での隣人愛・・・サラセンの進攻に脅えている東方教会を隣人と捉え、それを助ける責任。
2 キリスト教会の指導者としての責任感、使命感・・・救い主キリストが誕生した聖地エルサレムを、イスラム教徒から奪い返さなければならない。そこを訪れる巡礼者を守る責任がある。
3 宣教に対する使命感・・・全世界をキリスト教化する責任がある。
4 教会の権利・・・異教徒の土地も、潜在的には教会の支配下にある。
5 教皇に与えられた権限・・・教皇には精神世界と俗界の両方を司る権が委ねられている。キリスト教以外の他の宗教は、誤謬の中にある。誤謬には自らを主張する権利がない。

いずれも、現代の私たちが求めるような規範にはなり得ない。表向きは宗教的に仮面をかぶっていますが、現在の私たちには説得力がありません。信教の自由や、第Uバチカン公会議が明確にした、他の宗教にも永遠の真理があるという光は、そこには働いていません。この例からも教会の指導をうのみにすることの恐ろしさが分かるのではないでしょうか。

さて、私たちもキリスト者として宗教的に仮面をかぶらず、道であり、真理であり、命であるキリストに向かって歩んでいきたいものです。
等身大のわたしたちとして。

 
教会報第206号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父
ミサ前提の教会 16

第Uバチカン公会議は、それまでの教会のあり方とその姿勢に大転換をもたらしました。それは確かに画期的なものでした、と書きました。実際、私は救世軍から日本基督教団設立の東京神学大学に1年在学してからカトリック麹町教会で改宗しましたが、その間の麹町教会の変化を肌で感じました。世界に誇るイエズス会の教会ということであったからかも知れません。日本の教会はこの大きな転換を受け、生活から信仰を見直す「開かれた教会づくり」のために、1987年に「第一回福音宣教推進全国会議(NICE-1)」を開催し、信仰生活と日常生活の遊離などの課題に取り組みました。どうも、この会議の最大の影響者は森一弘名誉司教であると、当時事務方をしておられた岡田武夫名誉司教は言っておられます(注1)。でも、この会議の大きなスローガンは、「聖書に戻ろう、初代教会に戻ろう」というもので、すべての規範の源泉は、主キリストであり、みことばである聖書です! その森名誉司教は、自著「これからの教会のありようを考える(女子パウロ会)」の中で、カトリック教会に身を置き、そこから光と力を汲み取りながら、生涯をかけて複雑な現代社会に向きあって生きてきた立場から話を進めていきます。

「カトリック教会は、現代世界のどこで働くのか」という課題に取り組んでいくために当然現代について触れざるを得ないと思うが、その「現代」に触れる前に、はたしてカトリック教会に「キリスト者として考え、どう行動するかの規範があるのかどうか、発信できる独自なものがあるとすれば、それは何なのか」について検討してみたい。今、もし、「カトリック教会には、キリスト者として考え、どう行動するかについての独自な規範があるか」と聞かれたら、カトリック信者はどう答えるだろうか。おそらく大半の人は、「ある、あるはずだ」と答えるに違いないが、人によってその答えはおそらく十人十色のはず。
ある者は、カトリック教会のヒエラルキーを構成する教皇、司教などから発信されるメッセージや、その手足となって働くバチカンの中の諸庁省から出される様々な文章を思い浮かべるかもしれない。その理由として、「そこには現代世界を照らすカトリック教会独自の価値観・世界観が盛られている。またそれは、信者の生きる規範になると同時に現代世界に生きる人々の規範ともなるのだから」と。でも実際、信徒の方々でどのくらいの方々がそのメッセージ等を真剣に読んでおられることでしょうか。続けて、森司教は、現代世界の諸問題に向けた教皇や司教たちが出す文書やメッセージの重要性を軽視するつもりは全くないと。それは確かに貴重な光である。しかし教皇が発言したものだから、バチカンから出されたものだからと言って、安易にそれを「私たちがキリスト者として考え、どう対処するかの規範」にしてしまうことには警鐘を鳴らしたいと言う。自らの良心に問いかけることもせず、また思考することもせずに、その形だけを頼りにして、教皇たちのメッセージや発言を金科玉条のように受け取って、それでよしとするような姿勢には危険性があると言う!!
森司教が強調したい事は、それがたとえ、教皇から提示されたものであったとしても、鵜呑みにすることをせず、自分の良心に誠実に真剣に問いかけるべきだと。つまり「健全な批判精神」を育てなければならない?と、強調されています。
教皇や司教たちの言動に対する健全な批判精神と聞いて、驚かれる方がおられるかもしれないが、誤解されると困るので、森司教自身は、教皇や司教などの発言や指導の重さを十分に認めるものであることをまず先に明確にしております。教皇や司教達は、何かを発表したりする前に、個人としても神の前に自らを置いて十分に考え祈っているだろうし、また経験豊かなブレーンに相談して意見を求めたり、問題によってはその分野の専門家にも研究を依頼し、その成果を参考にしたりしているはずである。さらにまた、教皇のもとに寄せられてくる情報も、私たちの想像以上に、豊かで膨大である。その情報と専門家の意見などを参考にして真剣に考え、重い責任のもとに発言するわけであるから、その発言、指導にはそれだけの重みがある。したがって、その意見には敬意を払うべきであろうし、真剣に耳を傾けるべきです。しかし、だからといって、それに無批判に従うような事は避けるべきだと言われる。一人一人が、自らの責任においてじっくりと考え判断すべきである。というのは、倫理・道徳の件に関しては、神の前で責任を問われるのは、あくまでも私たち一人一人なのだからである。その責任を教皇や司教たちに転嫁するわけにはいかない、と。

世間に流されずに、キリスト者として派遣されているこの日本社会で、神の国の建設に向けて生かされていくうえで重要な姿勢と言えるように私には思えますが、皆さんはいかがなものでしょうか?

注1 東京大司教区HP- 講演 NICE-1, NICE-2. 2008年 ニコラ・バレにて
http://tokyo.catholic.jp/date/2008/08/?cat=23&print=pdf-search
 
教会報第204号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父
ミサ前提の教会 15

(3)第二バチカン公会議に向かって (続き)

第二バチカン公会議に参加した司教たちの中には、教皇の権限に焦点が絞られた第一バチカン公会議とは異なり、今回は、教会のありように関する公会議であり、教会に関して、まずその内的秘義とその機構、次いでその世界との関係を検討することに焦点を当てるべきであると呼びかける者もいました。それは教会の刷新、全キリスト者の一致、世界との対話に道を開くべきであるということを示唆するものでした。
ヨハネ23世の後継者となったパウロ6世も、第二期の開会式のミサで「教会と現代世界の架け橋になろう」と参加者たちに呼びかけて公会議の意図をさらに明確にしました。
公会議は、16の文章、つまり4つの憲章、9つの教令、3つの宣言をまとめて閉会しました。それまでの教会を大きく変え、教会に新たな道を開いたのです。具体的な内容はともかくとして、公会議がまとめた憲章、教令、宣言はそれまでの教会の姿勢には見られないものでした。
『教会憲章』は、ピラミッド型の構造と見なされた教会から、神の民としての教会にアクセントを移し、その基本的使命、尊厳、義務と責任に関しては、原則として聖職者を含めて信者全体が平等であることを強調。
『典礼憲章』が示した典礼におけるそれぞれの言語への転換は、これらの教会がそれまでの中央集権的、画一的な発想から、多様な信仰様式に舵を切り替えたことを意味した。
『神の啓示に関する教義憲章』は、現代聖書学や歴史学の研究成果を取り入れた憲章になり、それまで、批判的聖書研究には懐疑的であった姿勢の転換を意味した。
対話への呼びかけは、「教会こそ真理の保持者であり、教え導く義務と権利がある」「誤謬には権利がない」「教会への従順こそ最高の徳である」という従来の姿勢を否定するものであり、その背後には、それぞれの良心に敬意を払い、共に歩む道を見出していこうという姿勢への促しでした。
「良心に対する敬意」は、『信教の自由に関する宣言』において、「個人及びグループの信仰の自由、そしてすべての宗教団体は、正当な治安を乱さない限り、それぞれの原理に基づいて組織する権利を持つ」という表現でもって明示されました。それはピオ9世の『誤謬表』からの明確な解放を意味しました。
『エキュメニズムに関する教令』も、カトリック教会の独善主義的な姿勢を改め、その一致運動の最終目的は、諸教会がカトリック教会に戻ることではなく、カトリック教会を含めた分裂した諸教会を、兄弟的教会共同体として再確認するという事を明確にしました。
『現代世界憲章』の序文に記されたものは、現代世界に生きる人々と共に生きるようとする教会の姿勢を明示する。それは現代世界に生きる人々を、高みから見下ろしてきた従来の姿勢を改め、それまで真っ向からその価値を否定してきた近代社会を導く諸価値を肯定し受け入れると同時に、人々と同じ目線にたって複雑な現代の中で希望と喜びを見出そうとする世界の営みに加わろうとする姿勢に転じたことを意味しました。
 その序文は一読の価値があります。
「現代人の喜びと希望、悲しみと苦しみ、特に貧しい人々とすべての苦しんでいる人々のものは、キリストの弟子たちの喜びと希望、苦しみと悲しみでもある。真に人間的な事柄で、キリストの弟子たちの心に反響を呼び起こさないものは一つもない。それは、彼らの共同体が人間によって構成されているからである。彼らはキリストにおいて集まり、父の国への旅において聖霊に導かれ、すべての人に伝えなければならない救いのメッセージを受けている。したがって、この共同体そのものが人類とその歴史とに、実際に深く結ばれていることを自覚している」(『現代世界憲章』1)。

第二バチカン公会議は、それまでの教会のあり方とその姿勢に大転換をもたらしました。さて、皆さんはこの大きな変化を味わっておられるでしょうか。まだ味わっていない方は、ぜひ味わって、みなさんの生き方へ反映されること望んでいます。
 
教会報第202号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父

ミサ前提の教会 14

(3)第二バチカン公会議に向かって (続き)

ヨハネ23世の登場

ピオ12世の後を継いだヨハネ23世教皇は、選出されたわずか3ヶ月後の1959年1月25日、使徒パウロの祝日にローマ郊外の聖パウロ・バジリカ大聖堂のミサの説教の中で、公会議招集の意向を明らかにした。それはあまりにも唐突なことであり、誰一人予期していないことであったため、全世界の教会に大きな衝撃を与えることになった。教皇は、その驚きに対して、それは聖霊の導きによるものであると単純に答えているが、選出されてわずか3ヶ月後に、現代教会に決定的な影響を及ぼす公会議の招集を呼びかけたということは、教皇のうちに、教会を変えなければならない、刷新しなければならないという確固たる信念があったに違いない。
しかし、教皇がそこで表明した公会議の当初の具体的な目的は、全キリスト信者の一致を促すことで、必ずしも教会の刷新ということではなかったのです。その呼びかけのもとに始まった公会議への流れが、教皇の内にひそんでいた更なる思いを引き出し、それがまた、教会を変えなければならないという多くの司教たちの思いと重なり合って、教会の刷新運動に進んでいったということです。
ところが、公会議を招集しようとした教皇の意図は、ピオ12世のもとで働き、当時の教皇庁に務めていた枢機卿や司教たちを始めとする人々には理解されませんでした。刷新への流れは、一挙にはいかなかったのです。教皇の意図を理解していなかった事実は、当時の著名な枢機卿や大司教たちの言動からも明らかです。例えば、検邪聖省の前長官のピッザルド枢機卿は、「人類は2つの世界に直面している。悪魔の都であるいわゆる現代社会とバチカンに象徴し代表される神の都である。神の都の外の世界は、新しいバベルの都だ」とラテラノ大学で講演し、ピオ12世来の視点で語っていました。これなどは、教皇庁に関わる指導者たちが、ヨハネ23世を理解しなかったことを明らかにするものです。こうしたバチカンの現実を見て、世界各国の司教たちは公会議の成果を危ぶむが、その懸念を払拭したのは教皇自身でした。
それは2つの回勅です。「マーテル・エト・マジストラ」と「パーチェム・イン・テッリス」の公布でした。1961年の回勅「マーテル・エト・マジストラ」で、教皇は、近代主義を断罪した歴代教皇たちの諸教書を言外に否定し、良心の自由などを含めた人間一人ひとりの責任を強調しました。また、「パーチェム・イン・テッリス」(1963年)では、さらに踏み込んで信教の自由を認め、共産主義そのものを「偽りの哲学」と呼びながらも、その様々な実践面では、たとえ唯物論の原理から派生し、そこから着想を得た思索だとしても、現実の政治に生かせるという考えを示し、共産主義者との対話をも肯定するものでした。
このような回勅の中で示された新しい姿勢を受けながら、公会議が開催されます。1962年の開会式のミサの説教の中で、教皇は明確に、自分は公会議の準備を行ってきた教皇庁の護教的姿勢に組するものではないと語り、公会議の目的が、教会一致にとどまることなく全教会の刷新にあることを明確にし、不毛な学問上の論争や護教論に固執せず、福音の源泉に戻り、司牧の観点から教会の現代世界への適応、刷新を目指すように、全司教たちに要請したのでした。それは、ピオ9世から始まった教会の歴史を念頭に置けば実に画期的なことでありました。

 
教会報第201号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父

ミサ前提の教会 13

(2) 教皇への権力集中の流れと 歴代教皇たちの姿勢(続き)

近代における教会の歴史を見てきました。これから特に歴代教皇様をみてみたいですが、もうすでに教会の歴史が難しすぎるというお声も届いてきましたが、教会にとって重要な時期なので、森司教様の本(『これからの教会のありようを考える』2011年女子パウロ会)を引用します。

近代主義を敵対化したそれまでのピオ九世や十世と異なって、ピオ十一世以降の教皇たちは、自由・民主国家の中では、教会は国家と共存できるという認識の上に立って、宗教そのものを否定し弾圧する共産主義のヨーロッパ各地への浸透を脅威と捉えて、共産主義の浸透を食い止めることにエネルギーを注いだ。ピオ九世からピオ十二世までの教会の姿をまとめると次のようになる。

◇カトリック教会の自己認識に関して
教会こそ、天と地の唯一の仲介者であり、カトリック教会を介してのみ、救いが与えられる。カトリック教会だけが、絶対不変の真理の保持者である。その教義も不変である。

◇教皇の権限について
教会の頂点に立つ教皇は、全世界の教会に直接指導する普遍的な権限を持つ。教皇・司教・司祭は、その配下にあるものに対してキリストの代理者である。特に教皇は、特別な神の加護のおかげで、信ずべき教義を対象とするときには不可謬の恵みを与えられている。教皇を中心とした中央集権主義の徹底。地域教会における多様性の排除。

◇近代社会に対して
自由・平等などの理念や、実証科学並びに合理主義的精神は、教会の教義を脅かし、善良な信仰者を信仰の道から反らせてしまう警戒すべき毒である。なかでも、神を否定する共産主義は、容認の余地のない悪であり誤謬である。誤謬には、自己弁明の権利は無い。したがって誤謬の中に生きる人々との対話・共存の否定。

◇教会内の引き締め
検邪聖省の働きを強化し、モデルニズム的言動の取り締まり。最高に評価されるべき徳は、教皇や聖職者たちに対する従順。司牧者たちの務めは、教会がその毒に汚染されないよう配慮すること。一般信徒は、司祭の指導に従うこと。

神学生たちには、非歴史哲学・神学であるネオ・トミズム、スコラ神学を学ぶことを義務づけ、聖職者たちには、反モデルニズムの宣誓を求める。近代科学、考古学などの研究手法と成果を、聖書研究に取り入れることに対する極度の警戒心と用心さ。エキュメニカルな対話運動・一致運動はあり得ない。他の宗教に対しても否定的。

(3) 第二バチカン公会議に向かって

近代主義の毒から教会を守ろうとしてさまざまな手を打った教会は、しかし、現実世界の混乱に対しては全く無力であった。特に、国家の名において殺された人々が推定でも一億人をくだらないと言われる第一次世界大戦、第二次世界大戦にしても、ナチスなどの残虐な行為に対しても、無力であった。その歴史的な事実は、だれもが認めるところである。しかし、問題は無力であったというだけではすまされず、愛国心を肯定的に評価してあおったり、共産主義という口実のもとに参戦することを正当化したりして、世界大戦を現実的には肯定してしまっていた。そんな教会が、世界に意味ある存在なのか、それが、新たに問われ始める。そこにヨハネ二十三世が登場したのである。

そして、第二バチカン公会議が召集されるのです!

 
教会報第200号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父

「ゆるしの秘跡を受ける準備」

 ゆるしの秘跡は、神に対して謝り、神に立ち帰る恵みをいただく秘跡(目に見えない神の恵みを目に見える形にしたもの)です。何を謝るのか。一般に犯した罪を告白して謝るということです。この「罪」というヘブライ語の語源は「的外れ」という意味です。つまり、私たちは光である主キリストに向かうあゆみが、いつかどこかで神に背を向けて道を外れるあゆみになり、これが罪です。この罪に気付くために、以下のような糾明をしてみて下さい。

1.自分に対する神様からの恵み、神の愛、神の期待を第一に思い起こす。
2.その恵みの中で、光なる神様に背を向けて歩んでいた時のその影を見つめる。
3.その影ー神様に背を向けての歩みが罪です。
4.その罪を告解場で自ら告白する。

【恵みを生きるー神との関係の中で生かされている!】
 まず初めに、「私」がどんな罪を犯したかと考えると、思考する私が先行してしまう。神によって創られ「良し」とされた一人の人間としては、「神が」「私に」どうされたかを考え思い起こすのです。私たちの意識のレベルでは、私、つまり「己」が中心となり先行してしまうと自己中心的にならざるを得ないのです。神と私たちの関係が、『主と僕の関係』でありながら、「主が私」になり、「僕が神」になってしまう。それはどんなに真面目にミサに毎回出ようと、この思考順番を間違えると日常生活の中で見えない神の活き(はたらき)は何も体感できません。そこで、神からの活きを思い起こす。つまり、神が私になにをしてくださったか?とか、これをやるのをゆるされたとか、ある祈りが聞き入れられたとか、ある人との出会いを与えて下さったとか、自分にとってラッキーと思えた時々を思い起こすようにするのです。神からの活きかけを最初に思い起こすのです。
 神の活きを思い起こせると、自然に神の愛に包まれ護られた「私」を感じ観られるはずです。同時に、そうなれば自分の罪ーキリストの道に外れたあゆみーが浮かんできます。同時に神によって赦されている自分にも気づくのです。キリストに従ってあゆんでいたはずが、そうではなかったと自ずと悟るのです。それが罪であり、神に対して謝ざるを得ないものになるのです。このような、不思議な見えない世界の神の活きのうちの体験をします。これが神の愛に包まれる体験になるでしょう。
 私たちは、神との関係性の中でしか神に対する罪は悟れず、ただただ、道徳的倫理的な過ちを罪と考えがちになります。それは世間的な人間関係のレベルにしか生きてなく、見えない神の世界に想いを馳せていないのと同じなのです。神の偉大な恵みをどこかで忘れ、神との関係性よりも、見える世界の人間関係の世界が第一になってしまっているのです。いつでもどこかで、神が私に何を、どのようにさせたいのだろうという思いを馳せながら生きたいものです。
 たとえ、ゆるしの秘跡が受けられなかったとしても、神の恵みをしっかりと思い起こしましょう。神から与えられる大いなるプレゼントー主キリストの誕生ーを祝う準備の待降節をおくるために。

 
教会報第199号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父

ミサ前提の教会

(1)第Uバチカン公会議までの教会
=近代社会の芽生えを大断罪する教会?=

実証主義、合理主義に対して

フランス革命の流れと歩調合わせるかのように台頭し、人々の教会離れを加速させたものがあります。それは、ガリレオ裁判に見られるような自然科学であり、それを支える実証主義と合理主義です。天地創造を始め聖書の様々な物語に対する懐疑心を芽生えさせてしまう実証科学は、実に当時の教会にとっては受け入れ難いものであり、教会は権力でそれを押さえ込もうとしました。しかし、歴史の中に芽生えてきた新しい流れは、権力で抑えきれるものではありません。権力で押さえ込もうとすればするほど反発を買い、両者の対立が激化し、教会に対する一般社会からの反発は強まりました。実験の積み重ねと理論で全てを合理的に明らかにしていくべきであるとする実証主義、合理主義の立場に立つ人々にとっては、教会が教える教義、信仰箇条、そして聖書の世界は非合理の世界です。彼らにとっては、それは迷信以外の何物でもなく、教会は無知な教養の無い人々の共同体ということになるのです。合理主義、実証主義が人々の間に浸透していくに従って、人々の教会離れが加速していきました。

教会権力から自立する社会に対して

革命期、ナポレオンが登場します。歴史家たちは、ナポレオンという独裁者の登場を、革命による社会の変化が急激すぎて、人々が社会に落ち着きを求めるようになったためであると説明します。確かに彼の登場によって、革命の混乱に一応終止符が打たれ、フランス社会は秩序を取り戻します。いわゆる王政復古です。そのおかげで革命によって追放されたり否定された君主たちも息を吹き返しますが、しかし、それで革命の理念が後退することはありませんでした。それはナポレオンが制定した法典の中にも受け継がれ、合理主義、自由主義の精神も社会の様々な分野に浸透し、社会における教会の影響力はますます弱まって行ってしまいます。
特に、思想の自由、結社の自由、報道の自由、信教の自由などが確立され、近代社会の隅々にまで浸透していくに従って、公立学校で特定の宗教を教えることが排除されたり、それまでの教会ではタブーであった離婚も民法上認めるようになったりして教会離れは加速されました。

(2) 教皇への権力集中の流れと歴代教皇たちの姿勢

少数派に止まりますが、歴史の流れを鋭く洞察し、改革の理念を肯定し、教会と国家の完全分離、信教の自由、教育の自由、出版の自由、検閲制度の廃止、政教分離の上に立つ議会政治と普通選挙の完全実施などを認め、その流れの中で教会のあり方、信仰のあり方を育てなければならないとする司教や司祭、神学者たちが存在したことも事実です。しかし、大勢は、近代社会を支える理念を教会とその信仰生活に対する脅威と捉え、教会が市民国家の管理下に置かれて社会に埋没してしまうことに脅威を抱いていたのです。こうした流れの中でヨーロッパ各地の教会の中に高まってきたものが、教皇への期待です。というのは、近代社会の潮流に対峙していくことは、改革によって揺さぶられていた地域の司教たちの手に負えないことになってしまっていたためです。教皇を中心にして全世界の教会が結束し、近代社会に抵抗しようとする流れが高まっていった、というわけです。その流れの中で、バチカンを中心とした中央集権体制を確立しようとする道が開けていったのです。それに応えたのが、ピオ九世以降の教皇たちです。その中でも確固とした中央集権制の完成に大きく貢献した教皇がピオ九世でした。

 
教会報第198号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父

ミサ前提の教会

第Uバチカン公会議までの教会
=近代社会の芽生えを大断罪する教会?= (続き)
 前号から引き続き、@自由、A平等という理念と、B科学技術の発達、それに資本主義経済というものが歴史の表に現れたとき、教会はどのようにそれを受け取り、反応し、歴代教皇が具体的にどのように対応しようとしたかを確認してみましょう。

@自由、A平等の理念に対して この理念を最初に掲げたのは1789年のフランス革命です。この革命は、すべての人間は皆、自由、平等で、それぞれ幸せになる権利があるという理念を掲げ、貴族や王などの一部の人間たちにしか享受することを許されていなかった特権を彼らから剥ぎ取り、新しい市民社会への道を開いたのです。しかし、教会はそれを、教会とその信仰生活にとって危険な流れとして捉えました。その直接的な理由は、当時の教会が、ルイ王朝と深く結びついており、特権を剥ぎ取られていく王たちと同じく被害者の立場に置かれてしまったからです。
それまで神学者たちは、王権神授説を持って、王権を理論的に支えていました。また修道者や聖職者たちは、国家にとって大事な教育事業や公的救済事業に深く関わっていました。さらにまた小教区の主任司祭たちは、出産、結婚、死亡等の管理を担当していました。したがって当時の教会が、王朝への攻撃を、教会への攻撃として否定的に受け取ってしまったのは当然のことでありました。
革命の当初は、聖職者たちの中にもその理念に賛同する者もおり、地方において異なりますが、その理念に否定的な者と賛同する者との間で対立し、フランスの教会にきしみを生じさせていましたが、やがて革命の精神が浸透し、社会全体が反キリスト教、反教会的になるに従って、社会全体から弾圧されるようになってしまいました。それがどんなに凄いものであったかは、当時の歴史を具体的に検証してみれば明らかでしょう。市民社会や市民革命に賛同しない司祭、修道者たちは逮捕されたり、追放されたり、その財産を没収されたりしました。その当時の記録によると、革命の4年後の1792年には3万人から4万人の司祭たちが国外に追放されたとあります。また興奮した暴徒が牢獄に押し寄せ、投獄されていた数百人にのぼる司教、司祭を虐殺するという残酷な事件も記録されています。
当時の社会が、教会の影響力を社会の営みから徹底的に排除しようとした事は、1793年のグレゴリオ暦の廃棄、共和国固有の新しいカレンダーの作成と適用からもわかります。日曜日と一週7日制が廃止され、変わって一週10日制が用いられました。共和制の誕生記念ともいえる1792年9月22日を起点とする新しい日付が制定され、キリスト教に関する祭日、休日は消えてしまいました。パリ市内の多くの教会も閉鎖され、その代わりに「理性の神殿」が設けられた時期でもあります。それほどに、教会への反発が強まっていったのです。
こうした革命の炎は近隣諸国にも広がり、ドイツの教会も、その影響を受けます。領主であると同時に司教でもあった者たちは、封建領主であるとして資格を奪われ、膨大な教会財産は没収され、修道院の土地等も略奪されてしまいます。また教会の権限も徐々に剥ぎ取られ、聖職者たちは国家の公僕ように位置づけられ、国家によって管理されるようになってしまうのです。

 
教会報第197号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父

ミサ前提の教会]

前回まで3回に亘りイエスの生きた時代背景を見てきました。ユダヤ人社会は、大国の侵略を受け支配されていました。そのユダヤ人社会では、少数の権力者らによる横暴と不正に多くの人々が喘いでおり、かつ、その社会は差別を容認していたのです。福音書は、キリストが、このユダヤ人社会の厳しい現実の中で、人間としての尊厳を踏み潰されてしまっていた人々に対する福音であった事を記しています。
人々にとって、キリストとの出会いは観念的なレベルでの救いではなく、日々の現実に痛めつけられていた人間性の回復と救いであったのです。実にそうしたキリストとの出会いから生まれた共同体は、権力と欲望と暴力が支配する世界の中で、魅力ある共同体になっていたのです。こうした福音書の中から浮かび上がってくる福音理解こそ、福音宣教という重い課題を背負った現代の教会が現代社会にあってどこに重点をおくべきか、光を与えてくれるものです。 さて、16世紀に宗教改革が起こり、これに対抗してトリエント公会議でのカトリック教会のことを覚えておられるでしょうか。当時の教会が打った手は教会全体の引き締めです。異端審問制度の強化や禁書目録の周知徹底によって、引き締めを強化します。つい最近まで、聖書を自由に読んではいけないと言われ育った信徒の方々もおられることでしょう。こうした一連の引き締めの中心は、教皇を中心としたバチカン省庁によって行われ、それまでは、地域の司教を中心として主体的に動いていた教会が、徐々に教皇をピラミッドの頂点とした中央集権的な体制に変わっていきました。教皇、枢機卿、司教、司祭、修道者という教会内の序列が明確になり、信徒はその一番下に位置づけられ、「教えられ、導かれ、統治される立場」に置かれるようになっていきます。教会の中で、信徒たちが主体的に発言したり、行動したりすることが許されず、完全に受動的な立場に置かれるようになってしまうのも、この時期からです。今もって、現代社会に相応しい関わりが信徒と司祭の間で育てられていないのは、トリエント公会議で確立した教会像、司祭像から、信徒も司祭も抜け切ることができないためだろうと言えましょう。 そこで、第Uバチカン公会議に目を向け、近代の教会の歴史を見ていきましょう。

1.第Uバチカン公会議までの教会
         −近代社会の芽生えを大断罪する教会−
18、19世紀の教会の特徴を総括すると、近代社会を構築するための原動力となった新しい社会の芽生えを理解できず、その価値と意味を否定的に捉え、それを真っ向から大断罪し、正当な教義と信仰生活を近代社会から守ることに自らの役割があると自覚し、教会を近代社会から信者たちを守る堅固な要塞としていたということに尽きます。トリエント公会議以降と同じ、いやそれ以上に締め付けが強化されていきました。
近代社会に至るまでの流れを育ててきた原動力は、@自由、A平等という理念と、B科学技術の発達、それに資本主義経済です。この@からBは現代社会の発展を支えている大きな柱です。ところが、この3つが社会の中に芽生え、育ち、互いに重なり合って、社会全体が大きく動き始めようとした時、教会は、弾圧する側に立ってしまいました。その排他的な決定的姿勢が、基本的には第Uバチカン公会議までの教会を支配し、それが神学を始めとするすべての信仰生活を覆っていたのです。この影響を信仰面で受けておられると、教会の教えと聖書のキリストの教えとの違いがわからず、福音それ自体もピンとこなくなってしまうでしょう。

この3つが形となって歴史の表に現れたとき、教会はどのようにそれを受け取り、反応し、歴代教皇が具体的にどのように対応したかは、次回で。

 
教会報第196号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父

ミサ前提の教会\

実にキリストと出会い、自らの人生の福音として体験した人々の共同体=教会、それを支える命は人々の福音体験でした。前回に続きキリストの時代に生きたユダヤ人たちがどのような苦しみを背負っていたかをみてみましょう。

(3) 差別構造の重圧にあった人々

当時のユダヤ社会の至るところで差別が正当化されていました。人間一人一人が尊いと訴え続けるキリストの言動は、差別を肯定し正当化し続けてきたユダヤ社会の指導者たちの目には、社会の自由と安定を揺るがせる危険極まりない言動として映ったのです。ユダヤ社会の差別の基本にあるものが、選民意識に由来するものでした。その出発点は、アブラハムの選び。人々は、自分たちは神から直接選ばれたアブラハムの子孫の民であり、そのアブラハムにつながることによって、神の祝福に与ることができるという意識を生きており、そこから他の民族を蔑視する傾向が育ちます。マルコ福音書5章25節の12年間出血を患っていた女性の癒しのエピソードも、差別の視点から光を当てていくと、そこから鮮明なメッセージが伝わってきます。実に彼女の苦しみや、病との戦いだけではなく、不浄者として地域共同体から隔離され、孤独な状態に追いやられていたことがあったはずです。したがって、彼女の癒しは病の癒しということにとどまらず、共同体への復帰を意味したのです。同じことが重い皮膚病を患っていた人たちにも言えます。彼らの癒しは、地域共同体への復帰でもあったのです。
誰かの病を癒しがたいものとして判断し、隔離を命じるのは祭司たちの役目であり、指導者たちが、こうしたことで苦しむ人々を擁護するどころか、加害者としての役割を果たしていたということも見落としてはならないことです。また、特に福音書が、差別されていた人々とキリストとの出会いを通して、福音を伝えようとしていることも、涙すべきことです。例えば、新約聖書の冒頭に置かれて、キリスト誕生の神秘を明らかにするケースにおいては、罪ある女性たちが登場します。男性中心の家系図が一般的な社会にあって女性が系図の中に登場すること自体、珍しいことですが、故に、そこに登場する女性たちの全てが、マリアを除いて、罪に関わる女性たちです。 さらに、マタイ福音書2章1節で、生まれたばかりの救い主のもとに導かれたのは、東方の占い師の学者たちです。占い師は律法で厳しく断罪されていた存在です。そんな彼らが、誕生したばかりのキリストのもとに招かれていたのです。ルカ福音書では、キリストが誕生する場所は、ユダヤの教養がある人々からは蔑視されるような家畜小屋であり、そこに招かれていくのは、同じようにユダヤの一般社会のアウトサイダー的な存在であった羊飼いたちだったからですでした。イエスの最後の場面で、息を引き取った後にイエスが神の子であったと宣言するのは、ユダヤ人たちが軽蔑していたローマの百人隊長とその兵士たちです。(マタイ27・ 54) さらにまた、復活したキリストに最初に招かれたのも、女性たちです。実に、救い主としてのキリストとの出会いをした人が、キリストの誕生の瞬間から復活まで、差別され軽視されていた人々であったと伝える聖書の一貫した姿勢は、差別を疑いもせず容認し続けてきただけではなく、加害者ともなっていた当時のユダヤ社会に対する挑戦であったとも言えるのです。キリストは差別社会の中でがんじがらめにされて苦しみ続けていた人々に、真の自由と解放を与えたのです。







 

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講話集
 

第9代 カトリック本所教会主任司祭
酒井 俊雄 神父の主日のお説教集

(2010年2月21日から2011年4月17日まで掲載)

 

四旬節講話  2008年2月17日
『十字架―キリスト教のトレードマーク』

講師 国井 健宏師(御受難修道会)

 
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(注:接続回線の状況によっては時間がかかる場合があります。)
 
日本二十六聖人殉教者祭   2007年2月4日 カトリック本所教会 
前田万葉師
(カトリック中央協議会事務局長)
講演の記録はここをクリックしてください
 

日本二十六聖人殉教者祭   2006年2月5日 カトリック本所教会 
マルコ・アントニオ・マルチネス・フランコ
(グアダルペ宣教会・千葉寺教会)
講演の記録はここをクリックしてください

 
日本二十六聖人殉教者祭   2005年2月5日 カトリック本所教会 
高松教区 溝部脩 司教
講演の記録はここをクリックしてください
 
日本二十六聖人殉教者祭   2003年2月2日 カトリック本所教会 
日本二十六聖人記念館・館長 結城 了悟 師(イ エ ズ ス 会)
講演の記録はここをクリックしてください
 

 

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