現在のカトリック本所教会主任司祭

イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父
 

 
東京教区での渡邉泰男師の略歴

司祭叙階       2006年3月5日
     
目黒教会助任    2006年〜2009年       
 
豊四季教会助任  2009年〜2010年
豊四季教会主任  2010年〜2017年
 
本所教会主任    2017年4月〜

 


教会報第195号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父

ミサ前提の教会[

 実にキリストと出会い、自らの人生の福音として体験した人々の共同体=教会、それを支える命は人々の福音体験でした。前回に続きキリストの時代に生きたユダヤ人たちがどのような苦しみを背負っていたかをみてみましょう。

(2) 暴虐と不正に満ちた支配に苦しみ続けてきた人々

こうした歴史的な背景のうちに人々に与えられた福音が、ピラミッド型の統治の権力構造のもとで抑圧されていた人々が見出したものであったことを見落としてはならない。当時の社会はどこでも同じような構造をとっていた。人口の数%にしかならない権力者たちを中心に構成されており、その頂点に立つのは、ローマ皇帝、そして王たちである。その人に彼らの意のままに動く官僚たちや兵士たちがおり、そのさら下に、ユダヤ社会の分国王、大祭司、長老、律法学者たちがいた。人口の大半を占めていたのが農作に従事する農民や小作人たち。キリストの時代には全人口の70%近くを占めていたと言われる。彼らの大半は地主たちのために働かされ、重い税を課せられた。通常は15%から35%、多いときには50%もとられたという記録が残っている。
権力者たちは自分たちの利益を追求し権力を拡大することには敏感で、それを危うくする者たちに対しては残酷であった。弱い立場にある人々が、どれ程ひどい目にあっていたかを精査することができる。どこか現代社会に通じる経済優先社会のようでもあろう。

「彼らが正しい答えを金で、貧しい者を靴一足の値で売ったからだ。彼らは弱いものの頭を地の塵に踏みつけ、悩む者の道を曲げている。親も子も同じ女のもとに通い、私の聖なる名を汚している。祭壇のあるところではどこでも、その傍らに私にとっては衣を広げ、過料として取り立てたぶどう酒を、神殿の中で飲んでいる」アモス2.6-8

「主の慈しみに生きる者はこの国から滅び/人々の中に正しい者はいなくなった。皆、ひそかに人の命をねらい/互いに網で捕らえようとする。彼らの手は悪事にたけ/役人も裁判官も報酬を目当てとし/名士も私欲をもって語る。しかも、彼らはそれを包み隠す。彼らの中の最善の者も茨のようであり/正しい者も茨の垣に劣る。お前の見張りの者が告げる日/お前の刑罰の日が来た。今や、彼らに大混乱が起こる。」ミカ7.2-4

「どうして、あなたはわたしに災いを見させ/労苦に目を留めさせられるのか。暴虐と不法がわたしの前にあり/争いが起こり、いさかいが持ち上がっている。」ハバクク1・3

「彼らは来て、皆、暴虐を行う。どの顔も前方に向き/砂を集めるようにとりこを集める。」ハバクク1・9

ここに出てくる権力者たちとは、祭司、裁判官、地主、高利貸しなどで、弱い立場にある人々は、こうした人々の欲望のままに操られ、利用され、時として踏みつぶされ、多くの人々は、なすすべもなく泣いていた。
キリストが登場した時代も、同じような状態で、実に愛と正義が通用せず、暴虐と不正が幅をきかす社会の中に、キリストが登場し、一人ひとりの尊さを訴えたのです。

「わたしを信じるこれらの小さな者の一人をつまずかせる者は、大きな石臼を首に懸けられて、深い海に沈められる方がましである。」マタイ18-6

「これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい。言っておくが、彼らの天使たちは天でいつもわたしの天の父の御顔を仰いでいるのである。」マタイ18・10

「そのように、これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない。」マタイ18・14

一人ひとりの人間の絶対的な尊厳を訴えるキリストの言葉は、虐げられていた人々にとっては、鮮明に響いたに違いない。荒野の中でオアシスを見出したような感動と喜びを受けたでしょう。また 弟子たちを論したイエスの言葉も、権力者たちの意のままに砂粒のように踏みつぶされていた当時の人々には新鮮だった!!

「そこで、イエスは一同を呼び寄せて言われた。「あなたがたも知っているように、異邦人の間では、支配者と見なされている人々が民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。しかし、あなたがたの間では、そうではない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。」」マルコ10・42- 44

キリストの言葉は、当時の権力者や支配者たちの姿勢とは正反対の生き方を呼びかける。キリストの生き様は、権力者たちや支配者たちによって搾取され続けてきた人々には、何よりも福音であったに違いない。

 
教会報第194号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父

ミサ前提の教会Z

実にキリストと出会い、自らの人生の福音として体験した人々の共同体=教会、それを支える命は人々の福音体験でした。では、前号教会報でお約束した通り、キリストの時代に生きたユダヤ人たちがどのような状況に置かれ、どのような苦しみを背負っていたかを見てみましょう。
(1)当時のユダヤ人社会は大国の侵略を受け、その支配下に置かれ続けてきた
(2)当時のユダヤ人社会の少数の権力者たちによって統治されて、彼らの暴挙と不正に多くの人々があえいでいた
(3)当時のユダヤ人社会が差別を容認しており、実に多くの人々がその差別に泣いていた
この3つの歴史的な状況にスポットを当てながら、キリストの生涯とそのメッセージが、当時の人々にどのような意味で福音となったかを、明らかにしていきましょう。

(1)大国の侵略と支配下に置かれ続けてきた人々

まず当時の人々の苦しみを理解するために、第一にユダヤ人社会は数世紀にわたって大国の侵略を受け、大国の支配下にあったという歴史的事実。イスラエルの人々は、紀元前8世紀のアッシリアの侵略から始まり、エジプト カルディヤ・バビロン、ペルシャ、アレキサンダー大王のギリシャ、さらにローマと大国の侵略の下に置かれ続けてきたという歴史を背負っています。
大国の占領下に置かれているということは、実に悲惨なことです。外国からの侵略の体験のない私たち日本人には分かりにくいことかもしれないが、日本軍の侵略によって踏みにじられた身近なアジア諸国の人々を具体的に思い浮かべてみれば、少しはわかるかもしれません。アジアの人々の中には、今もってその悲惨さを引きずってしまっている人々が多かれ少なかれいるのも事実です。イスラエルの人々の悲惨さはその比ではない。継続的であるが、その数世紀近く大国の支配下に置かれ続けてきています。その悲惨さは、私たち日本人には想像もすることのないほど深く、その悲しみと苦しみは彼らの存在の奥深くに遺伝子のように組み込まれてしまっていると云っても過言ではないでしょう。大国の侵略の残酷さを丁寧に語り継いでいるのが、旧約聖書です。特に預言者たちの姿をひもといてみれば明白です。

「銀を奪え、金を奪え。」その財宝は限りなく/あらゆる宝物が溢れている。破壊と荒廃と滅亡が臨み/心は挫け、膝は震え/すべての人の腰はわななき/すべての人の顔はおののきを示した。(ナホム2:10〜11)

災いだ、流血の町は。町のすべては偽りに覆われ、略奪に満ち/人を餌食にすることをやめない。鞭の音、車輪の響く音/突進する馬、跳び駆ける戦車。騎兵は突撃し/剣はきらめき、槍はひらめく。倒れる者はおびただしく/しかばねは山をなし、死体は数えきれない。人々は味方の死体につまずく。(ナホム3:1〜3)

飢えは熱病をもたらし/皮膚は炉のように焼けただれている。人妻はシオンで犯され/おとめはユダの町々で犯されている。君侯は敵の手で吊り刑にされ/長老も敬われない。若者は挽き臼を負わされ/子供は薪を負わされてよろめく。(哀歌5:10〜13)

大国の侵略がどれだけ残酷でひどかったかがうかがえます。ここで注目したいのは、預言者たちのこのような描写の背後に、人々の神に向けた叫びと信仰が息づいているということです。預言者たちは悲惨な歴史体験を語りながら、そこで苦しみもがく人々のつらさを浮かび上がらせ、その叫びを神に届けようとしています。その叫びが神を動かし、神を呼び寄せるのです。
神は、こうした人々の切ない叫びに応えて、手を差し伸べてくださる。そこに救いが具体的な形をとるのです。それは、すでにエジプトで苦しむ人々を救うためにモーセを派遣しようとするエピソードの中にあります。

主は言われた。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみをつぶさに見、追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った。(中略)見よ、イスラエルの人々の叫び声が、今、わたしのもとに届いた。また、エジプト人が彼らを圧迫する有様を見た。今、行きなさい。わたしはあなたをファラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ。」(出エジプト3:7〜10)

旧約聖書の人々にとって、神からの救いは、抽象的な概念ではなく、残酷な歴史的出来事と結びついているのです。それは、罪からの救いとか、罪のあがないとか、ヨーロッパでの二千年の間に神学的な専門用語によって整理され、まとめられてきた救いの概念とは、全く異なるのです!
キリストが登場した時代も人々はローマ帝国の侵略下にあり、人々の心の奥には預言者たちが伝え語っているような叫びが、受け継がれていたのです! キリストは、そんな人々の叫びに動かされて天の父なる神によって、人々のもとに遣わされてきたのです。実に、聖書の中の人々が見出した希望、そして福音は、生々しい歴史の現実の中で、苦しみもがく人々に与えられたものであったのです!

 
教会報第193号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父

ミサ前提の教会Y

 前号の最後に触れたように、実にキリストと出会い、自らの人生の福音として体験した人々の共同体、それが教会でした。そしていま、複雑な現代社会に福音を伝えていくためには、何よりもまず現実社会の中でも揉まれながら、福音体験に耳を傾けて、現代社会の福音となるキリストの豊かさ、深さ、広さを学んでいくべきなのです。
ところで、福音宣教について色んな議論がありますが、その福音の具体的な中身については、必ずしも共通理解があるわけではありません。アジアの特別シノドス(世界代表司教会議)で、司教たちは、伝えるべきものは「キリストそのもの」であると明言し、日本の司教たちは、キリスト理解は具体的な人間との関わりの中で求めなければならないと言及しています。「どのような意味でイエスが道であり、命であるかということを掘り下げて、アジア諸国の人々にとってどの様な光となるのかを見極める必要がある」また「他者を説得するための言葉よりも、力の無い弱い人々の側に立ち、その様な人々への共感を示していく宣教姿勢が大切」と。
つまり、「人々にとって、どの様な意味でイエスが道であり、命であるか」と問い続けていかなければならない。この事は、伝えていく側にいる私たちの自己満足に終わらないためには大事なことです。これまでの宣教は、ややもすると、上からの目線で、自分たちが理解していた真理を伝えようとする傲慢さが付いて回っていました。宣教とは、相手にこちら側の理想を押しつけて相手の生き方を支配し、コントロールしてしまうようなことでは決して無い! 福音を伝えるということは、相手をこちら側に取り込むことでは無い? 相手の人生に敬意を示し、その人の人生にとって何が真の福音、真の希望となるかを真剣に問い続けながら、どんなことになろうとも相手の人生に真心を込めて寄り添っていこうとする心構えのもとに行われるべきです。

キリストの時代に生きたユダヤ人たちが、どの様な状況に置かれどの様な苦しみを背負っていたかの考察検証は次号以降に譲り、ここでは「福音宣教」の宣教について少し概観してみましょう。

 「福音」という言葉は、「喜びを与える便り、良き知らせ」という意味です。「福音を告げ知らせる」ことと、「宗教としてのキリスト教を宣教(伝道)する」ことは、本質が違うようです。イエスは、使徒たちを派遣するにあたり、色々な注意事項を与えます(マタイ9・36〜10・42ルカ10・1〜16)が、それらの諸注意はすべて、地上のあちこちで既に実現し始めている神の国の働き(実)を確認し、手をつないで協力していくためのものであり、イエスがそれを「刈り入れ」というイメージにしています。
ヨハネ福音書ではっきりと告げています。
「あなたがたは、『刈り入れまでまだ四か月もある』と言っているではないか。わたしは言っておく。目を上げて畑を見るがよい。色づいて刈り入れを待っている。既に、刈り入れる人は報酬を受け、永遠の命に至る実を集めている。こうして、種を蒔く人も刈る人も、共に喜ぶのである。そこで、『一人が種を蒔き、別の人が刈り入れる』ということわざのとおりになる。あなたがたが自分では労苦しなかったものを刈り入れるために、わたしはあなたがたを遣わした。他の人々が労苦し、あなたがたはその労苦の実りにあずかっている。」(4・35〜38)
だから、日常生活の真っ只中で、主イエスの働きのような出来事に遭遇したり、人との関係性の背後におられる主キリストの眼差しを、人を通して体験したりするのです。それを証しするのも福音宣教で、復活の出来事の神秘を味わうことになりましょう。使徒言行録にある「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」(1・8)というみことばの実現です。

この復活節の季節、日常の体験を通しての福音宣教を理解していきたいものです。

 
教会報第192号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父

ミサ前提の教会X

キリスト教の中心は、十字架の死と復活です。この2つの出来事に他の誰よりも先に深く真正面から向き合って人は、弟子ではなく、マグダラのマリアをはじめとする女性たちでした。彼女たちほど深く十字架と復活の神秘に触れたものは他にいませんでした。キリストはそんな彼女たちから福音がどのようなものであるか、学びに行きなさいと促して、使徒たちを遣わしたと理解することができます。だから、教皇フランシスコも、女性の霊性に関する研究を神学者らに促したのも伺えるでしょう。
さて、当時の女性たちは、悲しい存在でした。男尊女卑の世界で、男性の所有物のように扱われていました。その上、ローマ帝国の侵略を受け、田畑や財宝は略奪され、多くの男たちが戦場で倒れ、生き残った男たちは強制労働に駆り出されたりして、社会は落ち着きを失っていました。巷には失業者が溢れ、男たちには頼れない状況にありました。貧しい中で家族を支えることは、女性たちの肩に重くのしかかっていたのです。希望の見えない耐えるだけの日々、そんな状況の中で彼女たちは、キリストと巡り合ったのです。その出会いは、彼女たちにとっては新鮮だったはずです。その人柄に触れ、その説教などを耳にして彼女たちは、直感的に、魂の奥底で、キリストこそ自分たちの人生を温め、慰め、支え、励ましてくれる命として捉えたに違いないのです。しかし、この世界は残酷です。彼女たちがせっかく見出した希望、容赦なく奪い取ってしまったのが十字架です。せっかく見出した希望が奪われてしまい、彼女たちは、より深い悲しみと絶望に割れたに違いないのです。「神よ、神よ、なぜ、私を見捨てたのか」と言う十字架上のキリストの叫びは、おそらく彼女たちの叫びになっていったことでしょう。そんな彼女たちにとって、キリストの復活は、心の奥底からの喜びになったに違いありません。復活の喜びに招かれる者は、真の絶望の闇を体験した者たちだけです。彼女たちこそ、その条件を満たしていました。
福音を体験した人々は、他にも大勢います。罪深い女を赦すエピソード(ルカ7・36ー50)、サマリヤの女のエピソード(ヨハネ4・1ー26)、姦通の現場で捕らえられた女性のエピソード(ヨハネ8・1ー11)などがあります。
キリストが、どんな喜びを人々にもたらしたのか、身をもって体験したのは、まさにそういう人々でした。キリストは、そのような人々のもとを訪れ、彼ら、彼女たちの話に耳を傾け、福音の広さや深さや豊かさを学ぶように弟子たちに促したのです。十字架直後の弟子たちは、ユダヤ人たちを恐れて隠れていました。復活したイエスは弟子たちに現れ、彼らの裏切りを咎めもせず、優しく包み込んでくれたのです。弟子たちも彼らなりに福音を体験したのです。しかし、それだけでは、福音の広さ、深さ、豊かさを知るには不十分でした。福音を伝える使命は与えられたでしたちわ、女性たちを始めとする福音を体験した人々から、福音の何たるかを学ぶ必要があったから派遣されていたのです。
実にキリストと出会い、自らの人生の福音として体験した人々の共同体、それが教会でした。その教会を支える命は人々の福音体験でした。使徒たちは、そうした人々に耳を傾け、福音理解を深めて、キリストから委ねられた使命を果たすのにふさわしい人物に成長したと言えましょう。福音を体験した人々との交わりが、人たちの働きの源泉であり活力の源となっていったのです。

 
教会報第191号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父

ミサ前提の教会W

前々号に引き続き、トリエント公会議後に確立された教会像・司祭像から信徒が抜け出すために、キリストの新しさを改めて学ぶ必要があります。 つまり、当時、ヒエラルキー(位階制度)が明確化し、信徒は一番下に位置付けられ、「教えられ、導かれ、統治される立場」とされたこの受け身的立場から解放され第2バチカン公会議に沿った生き方を目指すために、聖書に戻って学び直してみましょう。

イエスの新しさは、「遣わす、遣わされる」所にあります。 ところが、派遣された弟子たちは、福音書を見る限り、その役割を果たしていない。宣教旅行中でも、自分たちの中で誰が一番偉いかと論じ合ったりして、その都度、イエスからとがめられている。最後の晩餐の最中にでさえも自分たちの地位や立身出世にこだわっている。ましてや、ペテロなどは「あなたのためなら命を捨てます」(ヨハネ13・37)と豪語しながら、イエスの受難の場面ではイエスのことを「知らない」と言い、十字架の下から逃げてしまいます。
しかし、イエスの復活後、マルコ福音書によれば、『11人が食事をしているとき、イエスが現れ、その不信仰とかたくなな心をおとがめになった。復活されたイエスを見た人々の言うことを、信じなかったからである。それから、イエスは言われた。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。」』( マルコ16・14〜15)と記されています。
彼らは人間としての資質がどうであれ、キリストが、全世界に行って福音を伝える使命を彼らに与えたという事実は、受け止めなければならない。明らかにキリストの意思です!

しかし、キリストが復活を伝える女性たちの証言に耳を貸さなかった彼らの信仰、心のかたくなさをとがめていることも事実であり、それもまた軽々しく看過してはいけない!
弟子たちの不信仰をとがめたキリストのことばは、復活を体験した人々の証言に耳を傾けるようにといううながしと捉えることができる。キリスト教の中心には、十字架の死と復活がある。その2つの出来事に他の誰よりも先に深く真正面から向き合った人間は、弟子ではなく、マグダラのマリアを初めとする女性たちなのである。彼女たちほど深く十字架と復活の神秘に触れたものは他にない。キリストは、そんな彼女たちから福音がどういうものであるか、学びに行きなさいと促したと理解することができる。イエスの近くにいた弟子たちが、キリストのことを教えたり、伝えたりしたのではなく、実生活の中で体験した女性たちから学ぶことを聖書は記しているのです。
聖書にしっかりと向き合うことがいかに大切かお分かりいただけた所で今月は終わります。


 
教会報第190号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父

主の御降誕と
新年のお慶びを申し上げます

前号の続きは今月はお休みにします


    12月26日から28日まで草津のハンセン病回復者の国立療養施設「栗生楽泉園」に、ハンセン病市民学会教育部門の先生に誘われ、合宿研修会に行ってきました。この研修会中、ちょうどカトリック草津教会(この施設内にある)で、ミサを行うとのことで、中座して共同司式をしてまいりました。ここには、ハンセン氏病回復者で、高齢のYさんという一人のカトリック信者の方がおられます。この方とつながっている群馬県や近県の方々が大雪警報の中、遠くから駆けつけて、クリスマスのミサに参加されました。
 それは、まさに聖書に書いてあるような光景でした。ロマンチックな雰囲気というよりも、臨月を迎え、旅先で出産した聖母の大変な状況を想起させるものでありました。
このいのちの誕生を、聖母は母として喜んだことでしょう。 この救い主の誕生を、私たちも喜び祝います。
 それは絵空事ではなく、これから私たちの生活、日常の中で主キリストを、救い主との出会いを求め、深める人生の旅でも、この一年の歩みでもありましょう。それぞれに与えられた使命 それは、はっきりとは私たちにはわかりませんが を通して身も心も解放され、自由になったとき、きっと悟らせていただける体験でしょう。
 主キリストが、私たちに与えられた人との付き合い、出会いを通して、私たちに主キリストとの出会いを垣間見させてくださるでしょう。あなたのそばにいる人に、主キリストが寄り添っておられるかもしれません。私たちは無関心ではなく、その方を通して救いの業をされておられる主キリストによって、私たちの頭ではなく、肚の底からの聖霊の促しに素直に従って歩んでいきたいものです。


 
教会報第189号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父

「ミサ前提の教会3」

 トリエント公会議後確立された教会像・司祭像から信徒が抜け出すために、キリストの新しさを改めて学ぶ必要があります。
「イエスは祈るために山に行き、神に祈って夜を明かされた。朝になると弟子たちを呼び集め、その中から十二人を選んで使徒と名付けられた」(ルカ6:12〜13)
旧約聖書の世界で重要な役割を果たすのは、「預言者」「大祭司」「律法学者」等と呼ばれる人たち。彼らは一度も「使徒」とは呼ばれていない。キリストの新しさは、「使徒」という役割を果たした人々を中心とした運動を展開しようとしたことにあります!
「使徒」とは、誰かから、権限を委託されて、その人物に替わって、その望むことを伝えたり、渡したりすることを役務とする人のこと。当時の中近東の世界では、王の名で人々に王の意思を伝えたり、王の名代としてある役割を果たしたりする人々が「使徒―遣わされた者」と呼ばれている。人々も、王の名代として派遣される人を、王を迎えるのと同様に丁重に持てなす。
「父が私をお遣わしになったように、私もあなたがたを遣わす」(ヨハネ20:21)
「あなた方を受け入れる人は、私を受け入れ、私を受け入れる人は、私を遣わされた方を受け入れるのである」(マタイ10:40)
「私は、天と地の一切の権能を授かっている」(マタイ28:18)
十字架を前にしたゲッセマネの園で苦しみもだえるキリストの唇に上った「御心のまま」は、キリストの日々の決断が、自身を遣わされた神の意思を究極の基準にして行なわれたことです。
またキリストは、神が何を目指して自身を遣わしたのか、機会があるごとに、周りの人々や弟子たちに明らかにしている。それは人間一人ひとりを尊び、一人ひとりの人生に神の希望、喜び、人の命の輝きを与えるためなのです。
「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が、一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」(ヨハネ3:16)
「これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい。言っておくが、彼らの天使たちは、天でいつも私の天の父のみ顔を仰いでいる」(マタイ18:10)
「これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなた方の天の父の御心ではない」(マタイ18:14)
 キリストを遣わす神の意図は人間に対する愛であり、キリストは、その愛に沿って生きている。具体的には、人間一人ひとりを尊び、一人ひとりに寄り添い、必要な手を差し伸べる。キリストは安息日に病人を癒したり、罪人と会食したり、姦通の場面で捕らえられた女を守ったり、蔑視されていた罪深い女を温かく包み込んだりする。それは、律法学者やパリサイ派の人たちをつまずかせ、彼らから厳しく非難され糾弾されることにつながる。しかし、キリストはひるまない。それは、もし妥協したり揺らいだりすれば、遣わされた方の意思に背き、自らのアイデンティティーを失うことになるからです。
また、復活後、弟子たちの前に現れたキリストは、彼らに「父が私を遣わしたように、私もあなた方を遣わす」と宣言する。「父が私を遣わしたように」との言葉から明らかなように、キリストは、後から委ねられた人を弟子たちに委ねたので、その役割とは、キリストと同じように、人間一人ひとりに寄り添い、尊び、共に歩みながら、彼らに神の希望、喜びをもたらすことに他ならない。そこにこそ、司祭、司教、教皇と呼ばれる人々に委ねられた任務の本質があります。
長くなるので、この辺で一旦切ります。


 
教会報第188号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父

「ミサ前提の教会2」

 今月も引き続き教会(歴史)について書きましょう。そもそも司教(ポティフェックス)のもともとの意味は「橋をかける」という意味です。つまり神と人との仲介の役割を担っていたのです。ところが11世紀には、本来の苦しみの根拠にキリストが仲介するという視点から退き、万物の主催者として、土地に君臨し、天と地を仲介するという視点に軸足を移行してしまった。世界の秩序と調和の究極の当事者が主としてのキリストの役割であると強調しだすのです。もう随分、聖書にでてくるキリストとはちがってきてること、お分かりでしょう!
 したがって、聖職者たちの権力は強大化します。司教のシンボルである牧杖や、教皇に天国の門と地上の国の門を開く2つの鍵が与えられていることを強調します。ローマ帝国が滅亡し、ヨーロッパ社会は教皇を頂点とする形へと時代が変化していきます。現代の教皇、司教たちの振る舞いに王や貴族であるかのような雰囲気がにじみ出るのは、このような歴史的な背景があるからです。権威主義的な傾向のある信徒の方々はここがたまらないのかもしれませんが、キリストは違いますよ。
 そして、16世紀に宗教改革が起こり、これに対抗してトリエント公会議がカトリック教会で行われました。分裂の主な要因は教皇や高位聖職者らの腐敗堕落だったのです。教会を立て直し、刷新するために招集されたトリエント公会議で、聖職者の刷新が行われ、神学院制度(司祭の養成制度)が確立されます。その当時の司祭たちは神学教育をしっかり受けなくても、司祭になれていたんです。何よりも、当時の教会が打った手は教会全体の引き締めです。異端審問制度の強化や禁書目録の周知徹底によって、引き締めを強化します。つい最近まで、聖書を自由に読んではいけないと言われ育った信徒の方々もおられることでしょう。こうした一連の引き締めの中心は、教皇を中心としたバチカン省庁によって行われ、それまで地域の司教を中心として主体的に動いていた教会が、徐々に教皇をピラミッドの頂点とした中央集権的な体制に変わっていくのです。教皇、枢機卿、司教、 司祭、 修道者という教会内の序列が明確になり、信徒はその一番下に位置づけられ、「教えられ、導かれ、統治される立場」に置かれるようになっていきます。教会の中で、信徒たちが主体的に発言したり、行動したりすることが許されず、完全に受動的な立場に置かれるようになってしまうのも、この時期からです。今もって、現代社会にふさわしい関わりが信徒と司祭の間で育てられていないのは、トリエント公会議で確立した教会像、司祭像から、信徒も司祭も抜け切れていないためだろうと言えましょう。
 だからこそ、あの第二ヴァチカン公会議が行われ、聖書に戻ろう、初代教会に戻ろうとされたのです。この締め付けられた教会像、司祭像、信徒像からの解放が急務なことですが、それは案外と簡単なことかもしれないのです。日常の生活において、人との出会いを通して、キリストに出会うことを、おそれずに歩み起こしていけば、主キリストが必ず導き出して、その愛に包まれていることを体験させていただけるからです。でも、私たちの側が締め付けられた教会像、司祭像、信徒像に固守し、成長や変化を受け入れない壁のある生き方をしているとそうはいかないのも確かなことでしょう。

           では、今月はこの辺で。



教会報第187号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父

「ミサ前提の教会1」

 今月から「典礼」について書く前に「教会」について書かなければなりません。「教会」というと、皆様は、建物、その中の様式などのことがまず頭に浮かぶのではないでしょうか。教会の初めは集会でした。福音体験をした人、復活したイエスに出会った人たちが集い、イエスの遺言であるミサを祝っていました。
ところで、基本的なところを確認しておきたいのですが、キリストに従う私たちにとって重要な事は、この日常で「キリストのことをいかに知るか」ということです。
キリストの生涯を動かしていた原動力は『これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない』(マタイ18・14)。これが、後に人間一人ひとりに対する限りない優しさ、つまり神の愛を示していきます。そして、イエスは『群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた』(マタイ9・36)。キリストは、この優しさに突き動かされます。だからキリストは、過酷な日々の生活の中で重荷を背負って、希望を見出せないままにもがき苦しむ人に寄り添っていくのです。そんなキリストの全身から触れ出てくる優しさに魅了され、その温かさに触れ包まれて生きる希望と喜びを見出した人たちの集まりが誕生します。これが教会の元です。そこから自ずと、その喜びを周りの人々に伝えていこうとするムーブメントが生まれます。つまり、福音宣教です。
ローマ帝国に支配され、当時、社会の底辺で人間としての尊厳を踏みにじられ、虐げられ、惨めな思いをしながら生きざるを得なかった人々が、新鮮で魅力あるムーブメントに出会います。それがあっという間に広大なローマ帝国内に広まるのです。
しかし、長い歴史の中で、教会は権威をまとい、権力を身に付け、難解な教義で自ら武装し、「小さな人々」が近づきがたい姿に変貌します。時にはキリストの心を歪め裏切るような行為をとったことを否定できないのです。でも、それほど外見が変貌しても、その根底にはキリストの心が受け継がれ、燃え続けていたのでしょう。そうでなければ、教会は歴史の中に埋没してしまったかも知れません。そんな時、ヨハネ23世が第二バチカン公会議を開催し、本来の教会の姿、つまり、キリストの心に忠実に歩むように改革をしました。教会の二千年の歴史を振り返り、過ちを真摯に認めたのです。皆さんは、その様な教会の歴史の大きな流れの中にいます。
では、もう少し詳しく見ましょう。教会はギリシャ語で「エクレジアス」といい、意味は「呼び出された者たちの集まり」です。一コリント書の初めには『コリントにある神の教会へ、すなわち、至るところでわたしたちの主イエス・キリストの名を呼び求めているすべての人と共に、キリスト・イエスによって聖なる者とされた人々、召されて聖なる者とされた人々へ。イエス・キリストは、この人たちとわたしたちの主であります。』(一コリント1・2)と記されています。ここで強調されているのは「教え」ではなく「キリストとの関わり」です。徴税人マタイやマグダラのマリアなど「キリストの名を呼び求める人々」を具体的に思い浮かべれば明らかでしょう。厳しい現実を生きた彼らがキリストに惹かれたのは、難しい理屈ではなく、人々の苦しみと重荷を背負おうとするキリストの柔らかな人柄そのものです。難しい理屈、つまり教義は彼らには無縁だったのです。キリストに出会い、キリストの存在から放射され照射されてくる柔らかで暖かな光に包まれて、彼らは生きるための力、光、希望を汲み取ったのです。教えが表に出てくるのは3世紀から4世紀になってからであり、16世紀に起きた宗教改革は、基本的には教会共同体の有り様についての教義上の対立で、分裂の元凶は教義へのこだわりでした。
また、誕生したばかりの共同体のまとめ役として「監督」(テモテ一3・1〜7)、ヤコブの手紙では「長老」(5・14)と呼ばれている人たちが生まれます。監督にせよ長老にせよ、その基本的な役割は共同体をまとめるもので、つまり広い意味での共同体の管理です。パウロは、テモテの手紙の中で、皆の中から信頼できる人物を選ぶように勧めています。ところが、しばらく経つと使徒たちによって按手された人々が現れます。この人たちは、福音宣教や奉仕活動に派遣されて行きました。例えば、ステファノなど7人が奉仕者として選ばれる時や、パウロとバルナバが異邦人の世界に派遣されるときに行なわれました。この按手の儀式が、後に助祭職や司教、司祭職に人々を任命する儀式の中心となっていったのです。もともとは貧しい人々への奉仕や宣教であり、共同体のまとめ役という任務ではなかったのです。ところが、彼らが徐々に地域の教会共同体に遣わされることによって、その共同体の中心になって行き、それまで監督や長老たちに委ねられていたまとめ役としての任務まで兼ねるようになって行きます。つまり、地域教会の管理まとめ役としての役割は、初代教会共同体の具体的な事情から課せられるようになったもので、もともとは司祭の役割にはなかったものなのです。
司祭として訳されている言葉、ラテン語では「サチェルドス」と言い、もともとの意味は「聖なるものを与える」ということです。「この世の世界から分け隔てられ、神だけに結ばれるもの」とか「欲望に汚されていないもの」という意味です。この「サチェルドス」の視点に立つと、司祭の役割は、一般社会の現実から離れたところに身を置き、神の世界と交わりながら、「聖なるものを人々に分かち与えること」ということになります。
旧約の世界では「聖」という視点が重要であった事は否定できません。「聖」に軸足を置いた神と人との関わり方を折ってしまったのがキリストです。キリストは、罪人と交わることを非難するパリサイ派の人々に『私が求めるのは、憐れみであっていけにえではない』(マタイ9・13)と、憐れみや愛に軸足を置いたメッセージを訴え続け、「聖」を強調して神と人との関わりを育てようとすることを拒絶したのです。当時の社会にあって、これは衝撃的なメッセージでした。キリストは聖なる神に軸足を置くパリサイ派の人々とは異なり、神は人をこよなく愛する憐れみそのものであるという神理解に支えられて、罪人たちの真っ只中に身を投じることを躊躇しなかったのです。従って、そのようなキリストが、自ら選び、派遣しようとする人たちに、聖であることを最も重要な条件として求めたとは考えられません。また、後のキリスト教はギリシア・ローマ社会に浸透し、徐々に信仰生活のアクセントが、主日に聖堂に集まって祈ったり、典礼にあずかったり、司祭たちの説教を聞いたりなどという地域の教会とその聖堂を中心としてするものに移って行きます。旧約の世界とは別の意味で聖が重要な要素になり、司祭たちにも聖であることが求められるようになっていったのです。
プラトン哲学の影響受けた4・5世紀の教会に、聖と俗という二元論が並べられるようになった歴史的背景も無視できません。プラトンは「身体は人間にとって牢獄である」という肉体を蔑視する世界観の持ち主です。こうした哲学の影響を受けて、この世の営みを蔑視する二元論が教会の中にも浸透していきます。これがキリスト教的な二元論となります。――神は純粋な霊であり、複雑な欲望はなく聖なるものである。肉に閉じ込められた人々が営むこの世界は『目の欲、肉の欲、生活のおごり』(ヨハネの手紙一2・16)によって汚されている。教会は聖なる神の国の門、入り口であり、その聖なる世界に近づくためには欲望を抑制し、聖となる必要がある――そうして、司祭たちは一般の人々とは別世界に住む人々になってしまいました。それは、本来キリストが求めたものではなかったのです。

今月は、この辺にしておきましょう。



教会報第185号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父

今回は、前号で皆さんへの質問というか呼び掛けたものの1つ、「カトリック教会の持つ何とも言い難い平安の雰囲気に惹かれて、教会にお越しの方々もおられるでしょう」について書くことにします。
が、本所教会は東京教区の中でも非常に珍しい小教区です。長い間、お一人の主任司祭によって司牧されていたからです。それに本所白百合幼稚園の園長も兼ねておられました。ですから、教会周辺の方々にも「神父」という言葉が、これまた日本社会の中で珍しく通用している地域でもあります。
一般的に、「何とも言い難い平安の雰囲気に惹かれて」ミサを祝いに来られる皆さんに対しては、教会の典礼が大きく関わることになります。と同時に、受洗の勉強をされた時期にも関わります。また、何より大きな影響を与えるのは司祭です。その司祭が、教会のどの時期に神学校で学び、司祭としてどう生きて来られたかが大きく関わって来ます。そして、皆さんが、神との関係を、しっかりと主キリストを通し、教会をどう捉えているかという事も。

そこで、次回からカトリック教会の典礼について学ぶことにいたします。
改めて、お伺いします。皆さんは、本当にミサを通して喜びと希望を受け取られているでしょうか。ミサに欠かさず出ているなかで、新しさへの招きに与りながら自分が変えられている事を感じられているでしょうか。

実は、ある神学者によればミサの祝い方には3つの問題があると言われています。
@[ミサへの逃避]
特に日常生活と社会の様々な困難から、個人的で内的な世界、ミサの場所(教会)に逃げ込もうとする。
A[「祭壇の秘跡」(感謝の典礼)と「隣人愛の秘跡」の分離]
信心深く祭壇で行われる秘跡に参加しながら、それが兄弟姉妹の相互の交わりの秘跡であることを忘れてしまう。
B[精神安定剤としての利用]
色々な悩みや問題を抱えて、ミサを自分の心を落ち着かせるための助け、一種の安定剤として使う。
以前は、@やAみたいな時もあったような気がしませんか。Aのように、どこか、祭壇で行われる秘跡に参加していながら、それが兄弟姉妹の相互の交わりにまで達していなかったと感じることは無かったでしょうか。

これから、教会の歴史の中でどのように典礼が変わっていったのかを見ながら、私たちを新しさに招く主キリストの道を歩み起こせるようにしていきましょう。





教会報第184号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父

前回は、母の看取りの体験を書きました。ところで、聖書には復活された主キリストのことは書いてありますが、主キリストの再臨までの間の居場所については詳しく書かれていません。私たちの信仰は、生きている人のためのものだからです。
そこで、皆さんへの質問です。
皆さんは、子供の頃、あるいは、大人になって、色々な仕方で主イエス・キリストに出会い、救われたり、解放された経験をされて教会にお越しのことでしょう。また、カトリック教会の持つ何とも言い難い平安の雰囲気に惹かれて、教会にお越しの方々もおられるでしょう。ここで、後者の方々については別の機会に書くことにして、前者の方々に向けて書かせていただきます。
日本の教会は、第二ヴァチカン公会議後2回にわたって福音宣教推進全国会議(NICE1、NICE2)を開き、話し合い、議論して、早25年の歳月が経とうとしています。つまり、大きな舵取りをして、「聖書に戻る、初代教会に戻る」という歩みに大きく変革した第二ヴァチカン公会議をうけて、具体的に日本の教会で問題視していたテーマ「信仰と日常生活の乖離」「家族」についての話し合いを全国規模で持ち、多くの方々が聖霊の促しをうけたように燃え上がっていた経験をしました。しかし、「家族」がテーマのNICE2では、司教様方の意見の一致を見ずにポシャってしまいました。つまり、多くのカトリック家庭や、カトリック信者のいる家庭内の様々な問題が明るみに出たために、その膿を出せずじまいになったのです。その後、日本の社会では家庭内暴力、親への殺人事件等の報道がなされました。教会でのNICE2の話し合いの結果出た問題は、正に日本社会への預言的な出来事であったと回想される方々もおられましょう――と言っても、全くチンプンカンプンの方々もおられましょう。
色々な仕方で、主イエス・キリストに出会い、救われたり、解放された経験をされて教会にお越しの方々。主キリストは、もっともっと私たちに救いと解放の体験をさせたいのです。主の弟子である私たちを、色々な現実の生活を通して、主キリストのように成長へと招きたいのです。そして、主は私たちに復活のいのちをも保証されておられるのです。でも「主よ、主よ」という者が天国に入れるのではありません。神のみこころを行う者が入れるのです。それは、私たちが、それぞれに与えられた信徒としての召命に応えることなのです。しかし、私たちは罪人であり、自分の嗜好で時として善悪判断をしてしまいがちです。古い自分に執着し、大きな変化を拒み、主の招きに応えようともせずにいるのではないでしょうか。
今こそ、主への道へ、歩みを起こしてまいりましょう。



 

教会報第183号 巻頭言
イグナチオ・デ・ロヨラ渡邉泰男神父

初めまして、加藤神父が大変お世話いただき、岡田大司教に代わり、御礼申し上げます。岡田大司教から叙階の秘跡を受けた岡田チルドレンとして、下町宣教協力体の本所聖堂共同体の主任司祭として任命を受け、東京教区の優先課題の遂行に努める所存です。が、私は現在、日本カトリック部落差別人権委員会担当司教秘書とし、日本カトリック社会司教委員会のいち秘書として、また、東京教区ボランティアセンター(CTVC)運営委員会としても任命を受けておりますので、以前の神父様達とは全く新種のものでありますので、皆さまの忍耐とともにご容赦いただくことを、少なくとも三年間お願い申し上げます。

 そこで、私が3月4日土曜日の午後に母の看取りの貴重な体験をお伝えします。母が旅立つ約1時間前、高速道路がガラガラで、吸い込まれるように流山市から杉並区の母のいる特養の施設に行きました。ちょうど着いた時、看護師の方が危篤の電話をする時で、そのとき、やっと私は母の死という出来事に直面させられ、覚悟させられました。母は口を大きく開けて目をつぶって大きな呼吸をしていました。「息子さん、お母さんに声をかけて下さい」という看護師に促され、涙をこらえ、「泰男がきましたよ」なんて言えませんでした。やっと発したことばが、「渡邉神父、来ましたよ」と。私にとって精一杯の声かけでした。母は目を開き私を見つめ、微笑みを浮かべながら、また目をつぶって大きな呼吸を続けました。最初、意味不明なことばを言って、私には聞き取れませんでした。私が手を握りながら、「病者の塗油」を授けたのちに、「わからない」「わからない」ということばを何度となく繰り返し、うわごとのように発していました。天国がわからないのか、旅立ちの道がわからないのか、その真意は私にもよくわかりません。が、既に旅立って行っている父や、母の叔母の名前を呼んで、そっちに行ったら、「よろしくって伝えて」と大きな涙声でいうと、そのうわごとは収まり、大きな口を開きながら、最後の力を絞って息をしてました。逝くちょっと前に二回ぐらい眉をひそめました。あっ最後の「受難と十字架」かなと思い、私が「ちょっと頑張れ」と伝えると、それから呼吸がだんだんと小さくなり、息を引き取りました。「神のもとに旅立ったなあ」と思った瞬間です。そして、徐々に顔つきが寝ているようになっていきました。
 多分、私たちが旅立つとき、意識はなくても周囲の声はわかるようです。私たちは聖書を通して「復活」の出来事を信じ、そこに大いなる希望を抱いて生きて行きます。でも、本当はわからないのかもしれません。が、生きている時に、復活されたキリストに出会い、また人を通してキリストと出会い、日常の出来事を通して真に主キリストと出会いを深めたいものです。

   そこで、宣教論には「種まき論」と「刈り取り論」という二種類の考え方があります。伝統的に教会は「種まき論」を奨励します。が、ヨハネ福音書は、刈り取り論です。つまり、主キリストが受難・十字架を通して、復活された出来事によって、神の救いの偉業が行なわれたのです。その大いなる働き、つまり人類救済の業は、ビックバンで宇宙が出来上がりつつ膨張しているように、現在もこの地上でこの業は広がり働いています。それが善人にも悪人にもです。信者であろうがなかろうがです。私たちキリストの弟子にとって、その働きに接し遭遇した体験が、主キリストが復活のあかしになるのです。日常生活で、どう考えてもありえない出来事、ありえない出会い、ありえないことを、主の仕業、いや、主キリストの働きと感じられるようになりたいものです。ですので、福音に反しないかぎり、皆様がおやりになりたいことをおやりになって下さい。主のお望みなら、大いなる実りを体験するからです。しかし、今までおやりになってきて実りがないのなら、主のお望みでなく、あなた方人間の望みであり、執着を捨て、十字架にかかってその思いに死ななければならないでしょう。


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講話集
 

第9代 カトリック本所教会主任司祭
酒井 俊雄 神父の主日のお説教集

(2010年2月21日から2011年4月17日まで掲載)

 

四旬節講話  2008年2月17日
『十字架―キリスト教のトレードマーク』

講師 国井 健宏師(御受難修道会)

 
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日本二十六聖人殉教者祭   2007年2月4日 カトリック本所教会 
前田万葉師
(カトリック中央協議会事務局長)
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日本二十六聖人殉教者祭   2006年2月5日 カトリック本所教会 
マルコ・アントニオ・マルチネス・フランコ
(グアダルペ宣教会・千葉寺教会)
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日本二十六聖人殉教者祭   2005年2月5日 カトリック本所教会 
高松教区 溝部脩 司教
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日本二十六聖人殉教者祭   2003年2月2日 カトリック本所教会 
日本二十六聖人記念館・館長 結城 了悟 師(イ エ ズ ス 会)
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