「灰の水曜日」(C年)説教
2016年2月10日・加藤 英雄師


 

<知恵11・23-24、26cf>  「神よ、あなたはすべてのものを憐れみ、お造りになったものを一つも嫌われることはない。
あなたは人の罪を見逃がし、回心する人を赦してくださる。まことにあなたはわたしたちの神。」
 神様、あなたはまことの父さんです。すべてのものの父さんです。あなたは造られるものを一つも嫌われることがありません。罪を犯した人を見つめてくださる。罪を犯した人を温かく包んでくださる。それを知った時、罪を犯した人はまことの温かさを知る。神様、罪人はあなたの名を呼ぶ。回心の時です。神に感謝。

[ヨエル2・12-18]
 今こそ、心から神に立ち帰れ。
自分の心を見つめなさい。神様を見つめなさい。あなたは恵みを求めるだけの者になっていませんか。恵みだけを求める者の叫びは神様に届きません。恵みはあなたが与える者になる力です。求める者ではなく、与える者になりなさい。
今日、断食を求められています。断食とは食べないことです。今、世界に何億人といる、食べることのできない人を思い起こしなさいと求められているのです。食べることが出来ない、それを心を体によって知りなさい。 立ち帰る、あなたは隣人のために働いていますか。主よ、わたしを憐れんでください。わたしが心から主を求め、隣人のために働くことが出来ますように。

[Ⅱコリント5・20-6・2]
 わたしたちはイエスと出会っている。イエスの言葉を聞いている。イエスを食べているではないですか。イエスに引き付けられている。もっと、イエスを知りたい。イエスを知る荷はイエスの道を歩くのです。イエスの使者としてイエスの思いを行ってゆくのです。それがわたしたちの救いではないでしょうか。

[マタイ6・1-6,16-18]
 パウロが言われます。わたしはあなた方に最高の道を教えます。愛です。すべての出来事を愛によって受け取り、その出来事に入り、愛によって支えなさい。
福音を読みます。
善行を行う。神様に向かって行う善行です。善い行いを行って褒められたいのですか。それは人に向かって善い事をしているのではないですか。神様に向かって行う、それが人を支えるものとなるのです。
  祈ります。 祈っている姿を人に見せたいのですか。神様に向かって静かに祈りなさい。神様との対話の場ではないですか。神様と向かい合う場です。
断食しなさい。 断食の苦しさを表現したいのですか。神様に向かって断食するのです。わたしたちはすべてのものを十分に頂いている。神様は生きるの必要なものを、自分では受け取ることのできない人を造られた。その人が生きる。その人の命も神様から注がれた命です。生きられない。いや、神様は言われます。あなたが手を差し伸べなさい。支える者になりなさい。その人のため、いや、神様の思いを行うためです。
神様の思い、皆が一緒にいのちを喜ぶことです。支えられていることを知り、支える者になる。自分のために生きるのではない。隣人のために生きる。一緒に生きる喜びです。生き生きと生きる命を喜ぶのです。


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