「主の降誕」(夜半のミサ)(A年) 説教
2016年12月25日・加藤 英雄 師

 

  クリスマスおめでとうございます。クリスマスは神様からのとてつもない贈り物です。いのちの贈り物、安心の、温かな、つながりを喜ぶ贈り物です。
わたしたちは本当の喜びが何か知らない。生き生きと生きる喜びを知らない。いつも、人に気を使って暮らしている。神様からの一番の贈り物を受け取り、本当の喜びを知りたいと思います。 

この頃、特に思うのですが、社会がだんだん薄暗くなってきているのではないか…。嫌な事件が、考えられないことがよく起こっている。社会はわたしたち一人一人が作っているのだ、と言われても身近に感じられない。これは、父さん、母さんの時代から、もっと、おじいさん、おばあさんの時代から始まっているのですと言われます。  そして、今、その闇をあなたが見ているのです。

神様はあなたの苦しみ、悲しみを知っています。誰にも相談できないどうしようもない苦しみ、悲しみも全部知っています。今日、クリスマス、あなたがたへの贈り物、あなたへの贈り物を差し上げます。何にも増して、清いもの、それがクリスマスの贈り物、赤ちゃんです。

自分に安心を与えてくれるもの、自分を救ってくれるものがあったらいいとずうっと思っていた。もっと格好良く言うと、自分を慰め、包む偉大な光に出会いたい、憐みに出会いたいと思っていた。
しかし、神様、今日、わたしたちへの一番の贈り物は赤ちゃんなのですか。
わたしたちを包んでくださる方が来られると思っていた。その方から喜び、平和をいただけると思っていた。わたしたちを導く力のある方が来られると思っていた。でも、神様からいただいた一番の贈り物は赤ちゃんです。

赤ちゃんが平和を造る力なのですか。赤ちゃんが慰めなのですか。今、苦しみを癒してほしい、悲しみ受け取ってほしい、赤ちゃんに何が出来るのですか。

赤ちゃんを見なさい。見つめなさい。赤ちゃんの目を見てごらんなさい。赤ちゃんの目は自分を囲んでいるすべてを見ています。見ているのではなくて、自分を囲むものが目を通して、自分の中に入ってくるのです。赤ちゃんの前にいると、わたしは受け入れられるのです。赤ちゃんの前に立って、もし、赤ちゃんが泣いたりしたら、わたしは赤ちゃんの中に入って行きませんと、自分の心が自分を表しているのではないでしょうか。
極悪人の石川五右衛門が赤ちゃんを抱く。赤ちゃんは五右衛門の顔を見て笑う。ニコニコ、ニコニコ笑う。可愛いな。おい、そんなに見つめるなよ。俺も笑っちまうじゃないか。

赤ちゃんは喜び。こんなに大きな喜びはない。ここに清い「いのち」がある。

今、苦しんでいる、悲しんでいるわたしたちは赤ちゃんを見つめているだけですか。
苦しみを、悲しみを癒す。誰が癒すのですか。自分が癒すのです。神様によって癒されるのです。完成は待つことではないでしょうか。待つは広い心を持つことです。待っている。見えます。隣人の心が見える。 待っている。神様と話が出来ればいい。イエス様が聞かれます。待っているのですか。疲れたのですね。ゆっくりと心を休ませなさい。そして、わたしの軛のうちに荷を負いなさい。(マタイ11・28-30)

慰めを思った時、わたしはいつものように、童話を思い浮かべました。有島武郎の「一房の葡萄」です。わたしは絵が好きだった。西洋の絵の具がほしい。お金がない。舶来の絵の具で、横浜の海も、船ももっともっと生き生きと描ける。ジムという学校の友達が舶来の絵の具を持っていました。あまりに欲しくて、休み時間に、ジムの絵の具をとってしまいました。大勢の友達に囲まれました。見つかって、先生のところに連れて行かれました。「絵の具はもう返しましたか」僕の大好きな女の先生は小さい声でおっしゃいました。僕は深々とうなずきました。「あなたは自分のしたことをいやなことだと思っていますか」先生は静かにおっしゃいました。僕はかみしめてもかみしめても泣き声が出て、目から涙がむやみに流れてくるのです。授業の鐘がなりました。先生は二階の窓際から葡萄を一房取って、僕にくれました。先生が帰ってこられ、言いました。明日はどんなことがあっても来なければいけませんよ。僕は葡萄を持って帰りました。
次の日、どうしても行きたくなかったのです。みんなが僕をいじめるに違いない。でも、僕が行かなければ、先生はきっと悲しく思われるに違いないと思い、学校の門をくぐりました。そうしたらどうでしょう。待ち切っていたようにジムが僕を見つけると、飛んで来て、僕の手を握りました。ジムと僕は先生のところへ行きました。先生は言いました。「昨日の葡萄はおいしかったの」僕は顔を真っ赤にして「ええ」と答えました。「そんならまたあげましょうね」先生は窓から葡萄をとり、細長い銀色のはさみで二つに切って、僕とジムにくれました。

赤ちゃん・イエスを見つめます。
イエス様、お誕生日おめでとうございます。


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