「年間第4主日」(A年)説教
2017年1月29日・加藤 英雄師


 

  今日の福音は山上の説教と呼ばれる個所です。 「イエスは群衆を見て、山に登られた。腰を下ろされると、弟子たちが近くに寄って来た。イエスは口を開き、教えられた。」

イエスは山の上から地上を見下ろします。そして、この地上から神に国が始まると宣言されたのです。イエスは誰ですか。イエスは何ですか。

イエスは神の子です。イエスは神様です。そして、イエスは人の子です。
イエスはまことの神様。イエスはまことの人です。

人の子は見える世界に生きています。腹が空いたら食べる。のどが渇いたら飲みます。イエスに住み、布団に寝ます。人と語り合い、冗談を言って笑います。そして、時には身体が不自由で、生きることが出来ない人たちを見ます。また、貧しくて食べることが出来ない人たちを見ます。悲しい生活を送っている、苦しくて仕方がない生活を送っている人たちを見ます。

イエスは感じているのです。皆が一緒に生きていない。

人は物によって生きている。自分の前には物の世界があります。物の力を知っています。物は喜び、と同時に物は誘惑です。ある人は物を造り上げる。また、物を与える、奪う力がある。
この世界は物によって支配されている。見えるものに誘惑されてしまう。良いものは良いと吹聴する。物を求める。何のために生きているのですかと問うと。豊かな生活を送るためですという。自分の力によって、自分の努力によって豊かさが手に入る。

社会的に地位がある。何のために力ですか。社会をよくするための働きですという。社会に物がもっと豊かになるように、わたしたちの社会にもっと物が増えるのですか。それは自分の生活に物が豊かになることではないですか。全部、自分の生活を守るためではないですか。
良い会社に就職する。自分の生活のためではないですか。大いに勉強する。自分の生活のためではないですか。

イエスは言われます。見える世界は見えない世界のほんの一部です。見える世界は見えない世界心の世界、神様のみ心によって、今ここにあるのです。
心の世界の大きさを知りなさい。心の世界の喜びを知りなさい。温かさを知りなさい。安心を知りなさい。命を喜び、微笑みを知りなさい。

イエスは山の上から物の姿を見ています。
物がない、物がないから心がなくなって行く、貧しいとは物がないことですか。いや、そうではない。貧しいとは神様しか見えないことです。貧しくならなかったら、神様を見ようとしない。本当に必要なものは何かを考える時が与えられたのです。貧しいものは幸いです。

イエスは言われます。わたしはこの地上に神の国を見ています。わたしたちは神の国へ出発しようではありませんか。

幸いとは何ですか。命を喜ぶことです。光を楽しむ。温かさを喜ぶ。安心を喜ぶことです。
しかし、まことの幸いとは自分の命の喜びではありません。自分が光を感じ、温かさを感じる、安心を味わうことではありません。隣人と一緒に喜ぶのです。まことの喜びとは隣人のために働くことが出来ることです。

人のために働かなければならないのですか。自分に何も残らないではないですか。

隣人が喜ぶために働くのです。わたしたちは隣人が生きる、喜ぶために今いるのです。 こんなことを言うので、罵られ、馬鹿にされても、喜びなさいと言われます。 これが見えない世界への出発です。神の国への出発です。


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