「主の公現」説教
2013年1月6日・加藤 英雄師

 

今日は主の公現を祝います。 神様は見えないものです。神様を思う、神様に祈る。見えない神様からの恵みを思っていました。御心を黙想していました。見えない神様に祈り求めていました。今日、主の公現を祝います。公現、主である神様が公に現れたのです。
そして、大切なのは、神様はイスラエルの神様ではなく、すべての人の神様だということをもう一度、思い起こすのです。
神様はアブラムに声をかけられました。 大昔、本当に大昔、人がまだ洞穴や、簡単な小屋のようなところに住んでいた時、わたしたちはすべてのものは神様が宿っていると考えました。たとえば、動物で言うと、狐には狐の神様がついている。だから生きている、狐のまま動く。動物、植物にも神様がおられる。バラやユリなども神様がついています。バラの妖精、ユリの妖精によって花が咲く。神様の力によって強くなる。部族長は神様によって選ばれ、神様によって力を得ている。ローマ帝国の皇帝は神の子だ。神の子を礼拝しなければならない。神様によって人は皆同じ重さの命を注がれている。それが消えてしまった。アブラム、わたしが示す地に行きなさい。あなたを祝福し、新しい地で祝福の源になる。地上の氏族はすべてあなたによって祝福に入る。 また、神様はモーセを通してイスラエルをエジプトから脱出せました。人は人の奴隷になってはいけない。神様の道具となるのです。神様はモーセをとうして、イスラエルに律法を与えれれました。イスラエルこそ神様の道を行く者、イスラエルは自分たちが神様の祝福の源であることを誇りであったのです。一方で、神様を知らないものは異邦人だとして、悪のうちにいると考えていました。イスラエルは神様から、神様の御言葉として律法が与えられた。神様を律法によって理解する。律法を守ることで神様の道を行く。イエスの時代では、神様は律法のうちにいることになってしまっていたのです。また、神様はまさしくイスラエルの神様なのです。神様を信じない人は異邦人、異邦人は悪。
その時代に神様は救い主をわたしたちに送られたのです。
ベツレヘムで男の子が生まれました。馬のいる小さい小屋で、布にくるまり、飼い葉桶の中で寝ています。東方から占星術の学者たちがイエスを訪問します。イエスはユダヤの王として生まれた方。星の輝きが告げている。世界を動かす王。占星術の学者たちはイエスを礼拝します。占星術の学者をギリシャ語でマゴイというそうです。マゴイとは占い師、魔術師という意味があるそうです。聖書では博士、学者と訳されていますが、占い師、魔術師のほうが良いのではないかというのです。イエスは、ある時、子供を祝されました。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることが出来ない。 (マタイ10・13-16)神を知る、知識によって知るのではない、律法によって神の国に入るのではない。マゴイはイスラエルでは全く大切にされていなかった。神秘の力で、神秘の力といっても、その力を自分のために使うのではない、神様と出会いたい人たちだと思うのです。全く貧しいところから主は出発されたのです。
ヘロデ王はユダヤ人の王が生まれたと聞いて不安を抱きました。実はヘロデはユダヤ人ではなく、イドマヤ人だったのです。その子がメシアだという。ヘロデ家を守るためにベツレヘムとその周辺にいる2歳以下の子を殺します。
天の父はイエスを律法の国ユダヤに遣わされたのです。律法によって神様を知る。イエスははっきりと告げます。神様は生きておられる。神様を律法に閉じ込めてはいけない。なぜ神様はイエスをユダヤに送られたのですか。それはイエスによってユダヤの人たちが本当のイスラエルに帰り、神の子となるためです。そして、神様は東方のマゴイを呼ばれ、世界に主の姿を示されたのです。
わたしたちに神様はご自分を示されました。つらい時代、つらいところにお生まれになりました。わたしたちの生活は何ですか。つらい事に立ち向かっていますか。命を懸ける何かを持っていますか。 1549年ザビエルがスペインから日本にやって来ました。イエス・キリストを伝えるためにやって来たのです。ザビエルによって福音がもたらされた。困難な出来事だから、宣教師は困難に向かってゆく、つらい事に向ってゆく。命を懸けて役割を果たすのです。 主の公現をもう一度味わいたいと思います。



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